ノミ騒動

昨年もそうだった。この時期、活性化、活発化するのかな。盛んにルー君レイ君が足で首の辺りをカリカリやっている。毎日頻繁に。他人のことだからと気にしてなかった。しかし、ここ2週間ほど私の方もふくらはぎのあたりが痒くて痒くて。ママも同じ。

昨年と同様さとう皮膚科へ。やはり「猫ノミ」にやられていた。

今までノラ出身ということで、二人を洗ったことがなかった。いい加減なのかどうかわからない。猫はきれい好きだと勝手に思っていて、お風呂に入れなくても良いものかと思っていた。気になって、ルー君の体を調べると、毛の中にノミがたくさんいる。これじゃあ痒いわけだ。と言うことで、初めてのシャンプーを実践。

洗い方もよく分からずルー君レイ君それぞれ実践。思った通り、レイ君の抵抗は激しかった。しかしかまわずなんとかやり遂げた。写真撮ってなくて残念。

次に、三平も身体検査をした。すると首の辺りにノミを発見。よ~しついでだあ!とお風呂へ。三平も実は初めてのお風呂。以前飼っていたコースケは時々お風呂に入れていた。しかし、毛が長くて洗い辛く、さらにおびえてとてもいやがる。そんなこともあり、三平もこちらの無精もあり、今まで全く洗っていなかった。ご飯と散歩は欠かしたことがないのだが、お風呂のお世話はゼロ。これって問題なのかな。

三平も嫌がるだろう。動物は初めてのことや、身体を拘束されることに大変な恐怖を感じるのだろう。先日のネズミ騒動でレイが精神的に落ち込んだ件でよくわかった。自由がないこと、他人から自由を奪われることは人間も含め大変な苦痛だろう。ただわずかの希望はそこに信頼関係があるかどうか。信頼関係があるから、その恐怖を我慢し乗り越えることができるのだろう。果たして三ちゃんは。

やはり、怖がった。お風呂に入れ、ドアを閉め切ったことで、感じ取った異変からあたふたと逃げ場を探した。そして私が三平を抱きかかえバスの中へ入れる。信頼関係がなければ、当然凶暴な三平であれば私に噛みつくはず。彼は我慢している。

お風呂に入れ、顔を見て「三ちゃん大丈夫だよ。きれいきれいしてるんで。かしこいな、かしこいな。よしよし。」と声をかける。そして体を洗う。三平は、暴れずに、じっと我慢している。

ノミ騒動から、猫犬と人間の距離が一歩近づいた感あり。

地獄極楽 宇佐市指定史跡

「文政3年(1820年)江戸後期午道法印が大衆教導のために作ったテーマパーク」とリーフに書いてあった。

所用で安心院に行った時、県道500号線(アフリカンサファリから安心院方面)に看板。「地獄極楽」とある。以前から気になっていたが少し立ち寄ってみようと道草。(磨崖仏みたいな感じだろう)と思って寺院の登り口のような階段を上がる。

名前がすごくて行ってみれば腰折れみたいな観光名所はよくある。ここはどうか?

階段を上ると確かに磨崖仏がある。へえ~、結構面白い。その壁の横らへんから上に石段が続いている。矢印があるので登ってみた。

少し危ないところもあり、鎖があった。まあ今までの登山で結構経験もあり、難なくクリア。下に見える小屋は案内所みたいな役割でパンフとか置いてある。ここまで来ると、ぽっかり長方形の穴が開いた場所が。

下に坑道がある。えっ降りれってか。暗くてちょっと怖いぞ。足場はあるんだろうなあ。鎖を持って体重を支えながら下へ。

4メートルほど降りたかな。面白い!!中は少しヒンヤリ。降りた場所から穴道がいろいろとつながっている。

ちょっと迷子になりそう。どの道が正解かなあ。坑道の壁に仏像がいくつもある。

いろんな仏様がいるのだ。地獄極楽の世界ってのは奥が深いのだろう。私には全く知識もなく・・・。そして最終の場所なのか、閻魔大王がいた。

おお恐そう。牛や馬の顔をした番兵が脇にいるぞ。

作るのは大変だったろうなと伺い知れる立派な史跡だ。子どもたちならわ~わ~きゃ~きゃ~な所。腕に覚えのある老人ならすべて回れるはずだ。行ってみてください。無料ですし。サファリから地獄極楽、小の岩の庄、東椎屋の滝、仙の岩など観光スポットのお一つです。ついでにオニパンカフェも寄ってくださいね。

豪雨、土砂崩れ警報

由布市は昨日から今日にかけて豪雨のために、緊急避難指示が出されています。実は、私、塚原地区の公民館長になっていて、避難場所となっている塚原公民館を開けて、避難してくる住民のお世話をする役割があるわけで。その仕事の責任の所在は市にあるのか、自治区にあるのか定かではありませんが、とにかく誰かが公民館を開放せねばならない。もしものことがあったとき、誰の責任などと言っておれないわけで。

7時にラジオから警報音。由布市が災害に直面している云々、「住民は塚原公民館に避難してください」との案内!!ヒエ~!鍵は私がもっているのに、突然なんなんだあ~!パンを作っている真っ最中なのに~!!

慌てて出て行こうとすると、マサ君が「マスター、仕込み票をお願いします」と。私がいなくなったら困るのは分かるけど。「そんなことをしてるばあいじゃない!」と、振り切って公民館へ。

公民館に着くと明かりが!区長さんの奥様がいる。区長が気を利かせて、自分が仕事でいけないので奥さんに、とにかく行って鍵を開けてくれと頼んだとのこと。鍵は区長と館長がもってるからだ。奥さんと今後の段取りをする。自治区の班長さんにラインで災害状況の共有のために連絡を取り合おうと発信。ラインはすっごい力を発揮するものだとあらためて再確認。消防団に入っている若い班長は、見回りしながら危ない箇所の動画をすぐに投稿してきた。学童の指導員をしている女性の班長さんからは、学童の休止や学校の臨時下校の情報が。そんな感じで、情報が寄せられてきた。

私は後を頼んで、店に戻り、雨の中高速で別府へ。OBSの移動販売がギリで間に合う。高速も由布岳Pから別府までは開通。他の区間は災害や事故のために閉鎖。良かった~!!仮に別府まで高速で行けなければ、恐ろしいエコーラインを通らねばならない。あの場所は災害の宝庫。雪が降っても雨が降ってもすぐ道路が普通になるから。

OBSに少し遅れて到着。「よく来れたね!」と褒められる。パンもほぼ完売。雨でもまってくれたOBS以外のお客さまも何人か。本当にありがたい。

OBSからもどって公民館へ。私がいない間、ママや区長の奥様、そして区長も顔を見せたそうで。役になって初めて、いろいろと世話役ってやってきたんだなあとわかる。地元の消防団の若い衆もご苦労様だ。今までこのご苦労を考えてもみなかったなあ。

ネズミ騒動

この一枚の写真が物語る一大事件。ここに写し出されている存在、それは我が愛すべきレイ君。呼んでも呼んでもこちらに来ない。うずくまり縮こまり身動き一つしない。

読まれているあなた、先ず以て、ここはどこなのだ、との疑念が浮かんでくるでしょう。ここは、オニパン寮の天井裏。なんでこんなところにレイ君がいるの。先ずそこからお話しいたします。

寮に住んでいる中島さん(スタッフ)が、夜な夜な天井裏で騒ぐねずみどもに安眠妨害され、さらに時々「シャー」という何かが這う音も聞こえてくると訴える。シャーはきっと蛇ではないかと。ネズミも蛇も苦手な人には恐怖なのだろう。ちなみに我が家でも一時期ネズミが天井裏を占拠し、大運動会が繰り広げられていた。

ネズミ対策は今まで色々やってきた。パン屋でのネズミ問題は大変深刻でもある。電線をかみ切られる、材料は食べられる・・・。だから、ネズミ捕獲器(以前は効果あったけれど最近はうまくいかないな)、超音波みたいな機械、ぺったりシート、ネコイラズ、パッチンとはさむ器具(これは効果あり、大ネズミを捕まえた)。工房はそんな感じであの手この手だったが、住まいの方は一発で解決。それは我が家にやってきた野良のリー君、ルー君、レイ君。大慌てで家からネズミたちは逃亡。デッキ下に敷いていた畳み一畳に敷き詰められたネズミシート(床下送風穴のところ)に何十匹という小から中くらいのネズミが張り付いていた。結論として猫君が一番優秀ということ。

我が家のレイはとても頭が良く、自立心旺盛。一人でいろんな場所を遊び場にし、親に面倒をかけず、食事も結構自然食を自分でとってくる。以前にも書いたが鳥、ネズミ、モグラ、トカゲ、カエル。鳥とネズミは大好物でほぼ食べ尽くす。

そんな無敵のレイ君だから、天井裏に放すと、大活躍するだろう(実際、我が家の天井裏に入り込んで一日出てこないときもあるくらい天井裏は好き)。

まあ大変だった!初めはだまされて、静かに抱っこされオニパン寮まで連れて行かれたが・・・。そのうち身に危険を感じたのか、暴れ出した。寮の中に入り天井裏に入れるまで相当大変だった。そしてなんとか天井裏へ。単純にねずみ獲りをして楽しんでくれるかと思ったのが間違いで、賢い猫だけに信頼する親(私たち)に虐待を受けたように思ったのか大変な落ち込みよう。ず~っと二日間身動きせずに同じ場所にいる。

心配性のママはなんとかせねばと、ご近所の人に相談して我が家にはない(チュール)をもらい、脚立に上がり1回2回とマンマをあげる。ママが言うと、なんとか近づいてきて食べる。私は怖いのだろう。そして3回目のチュールは、私も一緒に脚立へ。足をつかみ無理矢理引き出した。

その後ネズミがいなくなったお家、戻ってくる前に対策を。

休みにこんなものを作った。さあて、これは何でしょう??

家の周りに8カ所、これを取り付ける。

小さなネズミであれば、ここから中へ入れる。家の裏側に回ると、この通風口が壊れていて、大きなネズミも入れる場所があった。とりあえずこれで一件落着か??

レイ君には悪いことをしたなあ。猫って馬鹿だと言うけれど(怒られてもすぐ忘れて、ミャ~と甘えてくるし)、2日に渡って落ち込んでいる姿を見ると、私もいろいろと考えさせられた。

今日の話題といったら・・やっぱ15周年だよね

だんだん取り扱いが軽くなる何周年という言葉。3周年は自分にとってとても意味のあるそして喜びのあるアニバーサリーだった。10周年も結構ずっしりきた。それ以降は意識せずに淡々と過ぎていく記念日にしようと思った。みんなに特段知らせずに、すっと過ぎていこう。今年もそんな感じでいたら、大学の後輩からお祝いのメッセージ。結構熱のある文章。さらに義姉よりお花。嬉しかった。憶えてくれてたんだ。

そんな前日の火曜日、いつもより早めの市民検診。朝食抜きなので、例年ママと美味しいものを求めて由布院の街を散策する。

今年はおいしいとお客さまが言ってた有名な宿のランチへ。ところが数年前よりやってないとのこと。残念~!次に普段は敷居が高い某有名なイタリア料理店へ。するとここもランチは金土日のみと張り紙。仕方なしに、「櫟の丘」へ。ちょっと別のものが食べたかったんだけれど。11時開店。ほぼ11時に到着。店内には2組ほどのお客が。このお店のことは以前も紹介したことがある。私が湯布院に来て1~2年目の頃、原っぱカフェで知り合った「やっさん」がオーナー。知り合う前に「櫟の丘」に行ったことがある。特に美味しいとも思えないピザ、床がペコペコする安普請のお店といった印象。やっさんは、私に「休みの水曜日お店に来ないか。いつもそばを打ってるから。」と誘う。本人は、蕎麦屋にするかピザ屋にするか迷って、結局ピザ屋を始めたと言ってた。

しかし、彼はとても行動的で、石や木材や家具や扉などいろんなところからタダでもらったりしてた。刑務所で掘り出し物をもらったとかいって自慢してた。自力でユンボを動かし、工事に励む。年々それは加速し、東アジアなどへも出向き、安いしかも手に入らないようなものを買い付けに。すごいなあと遠目で見てたが、久しぶりに行くと「ええ~っ!!」と思わず声が出てしまう。

今や「櫟の丘」は由布院を代表する人気店に。ピザもおいしい!お店のしつらえがすごい。あのペコペコの床はどっしり・ズッシリの床に。テーブルも柱もインテリアもエクステリアも駐車場もすべてすごい!

平日の火曜日、私たちが入ってしばらくするとどんどん席が埋まっていく。観光客ではない地元の人も多い。帰る12時頃は、まっている客でいっぱい。駐車場もいっぱい。

やっさんは黙々とジーパンスタイルで料理を運んでいた。受付に「やっさん真面目に働いてるやん。」というと笑っていた。

この違いは何だろう。大きな有名店が営業を縮小しているのに、やっさんの「櫟の丘」は、お客であふれている。15周年は、「櫟の丘」で考えさせられるアニバーサリーとなった。