差し入れ 移動販売にて

移動販売を初めて一年と8ヶ月。昨日はTOSから豊海4丁目。そこで、中年のおばちゃんが現れた。よく見ると、10年以上前からオニパンに現れる常連の人。ここ2~3年はあまり来ていない。「おばちゃん」というと失礼なのだが、ホンマにそう見えた。よく見るとかわいい方。(またもや失礼)「私が初めてオニパンに行ったときは27歳だったかしら」。ちょっととぼけてるのかな。確か彼女は33歳だとか言ってたよな(私はとても強烈なこの方の印象があり、忘れていない)。現在43歳とのこと。自分でおばちゃんと自認していた。私に会いたくなって、移動販売場所を調べてやってきたとのこと。積もる話がしたかったようだ。それから彼女と一緒に次の移動販売場所、「ルーツヘアー」に移動。

彼女は私の助手となり、お手伝い。何せお話しが好きで、巧みな会話力があり、遠慮せず誰にでも話しかけられる。私はそれが苦手で、よくこんな商売をしているものだと時々自分にあきれることもある。昔は赤面症で、人前で話すことも出来なかったのに。

二人でそんな商売をしていると、お世話してくれている「ルーツヘアー」の奥さんがやってきた。


立派なお店ですね。ながく美容院をしているそうです。奥さんはパンを購入して、その後また現れる。

なんと差し入れ!

私の大好きなカレーだ!!!

奥さん手作りのチキンカレー。嬉しいなあ、移動販売冥利に尽きる!!???

移動販売でのハプニングやエピソードはつきることはない。

内山へ 

何年ぶりだろうか。塚原の山、昔は別府三勝と呼ばれたらしい(別府側から見ると鶴見山に続く壁のような景観)内山へ挑戦。塚原高原にでんと横たわるその山の姿は涅槃像とも言われている。内山、蔵ガ戸、鶴見の連峰が確かにそのように見える。私は今回3度目。しんどかった記憶、ロープを使っての急登、眺望の素晴らしさが心に残っている。果たして登れるか。先週の由布岳登山で自信が付いているので大丈夫!?

登山口は塚原温泉のすぐ下あたりから。紅葉がきれい!午前8時50分。

登っていくと、映画撮影(松本潤主演)のあった景観が広がる。伽藍だけの麓の鉱山だ。

迫力あるぅ!!塚原温泉は超酸性湯。硫黄やその他なにがしかの鉱物が岩肌を色どり鮮やかに染めている。

この先から内山へと続く。

初めはそこまで急登ではないがそれなりの登り。広がった裾野ではなく、とがった屏風のような山だ。細い尾根道の右側は塚原高原、左側は別府湾が一望される。

こういう尾根道は面白い。風が強いと少し怖いが。昨日は天気も良く、眺望がきいた。このあと、すさまじい(大袈裟かな)急登が20分くらいか続いた。それはロープ無しでは無理の急登と、崖。危険。しかしスリルありでおもしろい。終わったかなと思って、ほぼ平坦な尾根道を行くとさらに急登。ちょっと心折れそうになる。以前は体に自信があったので、なんだこれくらいと思って登っていたと思うが、現在は(もう、ちょっと、やめてよ、まだあるの)みたいな気持ちになる。

昼過ぎに人との約束があったので、時間を見ながら。う~、ちょっと時間が足りなそう。頂上まであと20分くらいかな、というところで諦め。

1220㍍地点。あと50㍍上が最高点か。まあいいや。登れる体力はあった。この地点からも別府が下に見える。

目の前の山が扇山(大平山)。その先には別府湾、高崎山が見えている。

良かった!!まだまだこれから山が楽しめそうだ。帰ってママと話したら、彼女は以前内山に一人で登ったといっていた。「5時間かかったわ~」とも。すごいなあ~、あの怖い急登を登ったのか。結構やれてたんだな。体力もあったのだ。今は股関節が悪く、山どころではない。残念だな。毎日リハビリ頑張っているのでいつかは一緒に山に登れる日も来るといいな。いや、きっとくるにちがいない。

事務連絡。来週水曜日が勤労感謝の日で祝日。よって、営業致します。その振り替えとして、来週月曜日(21日)は休業です。ご注意くださいね。

久々の福万山(フクマンサン)

近頃、山に行く自信がなくなっていた。体力的な面も合ったが、気持ちの面でも向かなかった。忙しいし、時間をとられることがいやだったのかもしれない。運動は欠かせないと思っている。だから時間のかからない自転車でのトレーニングを続けていた。1時間もあれば、わたしとしては、まあまあの運動量になる。

しかし、火曜日の夜、山に行こう!と思った。そのきっかけは二つあると思う。一つは、スタッフのマサ君が最近山に行っているとママから聞いたこと。彼は釣りの専門家、その彼が・・・。しんどいパン屋の労働にもめげず、休日朝早くから起きて、山に行っているとは。こりゃすごい、と思った。パン職人にとって運動は欠かせないもの。それに目覚めたならば、パン職人は続けられる。

もう一つのきっかけは・・・韓流ドラマ。3週前くらいから大阪の知人のFBで知った「私のおじさん」というドラマを観てきた。近頃、全くテレビドラマを見ていない。その知人が推薦するドラマだからきっといいに決まっていると思い鑑賞。昔、長いドラマ「冬のソナタ」を見て以来かな。忙しいと思うと、ついつい長いドラマは見る気になれないが、それにも勝る「欲求」が私の体の内に湧き出でてきてたのだろう。仕事ばかりの日々で、心が涸れかかっているような。ママもドラマは好きなので、二人で休みの夜中1時過ぎくらいまで2本~3本とドラマ漬けだった。一本が1時間10分~30分ある。それが16本。見応えある。

それをこの火曜日の夜中に見終えた!感動した!結構愉快な場面やサスペンス的な要素や家族・兄弟愛、企業の汚い部分、貧しさや格差社会、そして悩みと成長。テーマが多様で、それをうまくまとめ、ストーリィに引き込む。人生で大切なものに気づかせてくれる。韓流と言えば、設定が大胆で、どんでん返し的なラブストーリィみたいなのが多いなあと思っていたが、こんなドラマもあるのだなあ。私の好きな「北の家族」とはテイストが違うけれど、娯楽的要素の中に大切なことをちりばめている。楽しんでみられるな。これを見終えて、翌日は、人間的なことに触れたいと思えた。つまり、山登りをしよう!と思った。

天気良し!福万山は以前の登山コースが大きく変わっている。とりつきが。これまでは青少年スポーツセンターから「ゆむた草原」を経て、登山口だった。そのゆむた草原が巨大メガソラーに変わってしまった。しかし車の道路は整備され、登山口まで車で行ける。ここが道路の最終地点。

車を降りて、メガソーラーの最上部を右に見ながら、登山をスタート。しばらく行くと林の中へ。久々の登山で息が上がる。しかし徐々になれて、心地よくなる。いつもの分岐点で左に折れるのだが、その分岐点がよく分からない。台風で七日、倒木が多い。最初に曲がったところは違っていると気がついた。それで戻って、上に上がるが、分からないままどんどん上へ。やばい!道に迷っている!!どうしようと思った。そのとき「ヤマップ」を思い出した。そのアプリで以前伽藍岳へ行ったとき、先が見えない草藪の中、頂上までたどり着いたことがあった。ヤマップを見ると、登山道を大きく外れ、急登の道を進んでいた。まあ、そんなにややこしい山でないから、そのまま上がれば頂上に行けるだろうし、ヤマップがあるので大丈夫とそのまま進む。しかし、結構きつい。

ヤマップのデーターでは、こんな感じ。赤の登山道を行かず、ただ直進。結果的には正規のルートに出てきた。

久しぶりの頂上で塚原方面を見下ろす。福万山は5回くらい来てるかな。

証拠写真も載せとこう。やっぱ人間的な暮らしをせんとね。ありがとう、「私のおじさん」。

モルダー修理

パン製造の設備にモルダーという機械がある。聞き慣れない名前かもしれないが、この機械は相当重要なポジションにある。役割は生地を伸ばす、丸める。普通、めん棒という太鼓のバチのような丸い棒で生地を伸ばす。パン教室での大事な技術。めん棒を上手に使えるか否かは、パン作りにおいて大事な要素だ。だから、私もパン教室に通っていた頃、どうしたら先生のようにうまく生地を伸ばせるか試行錯誤の連続だった。

パン屋は大量のパンを作る。だから、めん棒で生地を伸ばす場面は思ったほど多くない。それよりもはるかに効率の良いモルダーを使う。めん棒で伸ばす時間の10分の1のスピードで伸ばす。さらに、伸ばした生地を丸めることも出来る。それがすごい。食パンを作ったことがある方は想像できるだろうが、食パンの成形は、まず平たく生地を伸ばし、それを折ってさらに丸める。多分早くできたとしても1~2分はかかりそう。それをモルダーは5~6秒でやってしまう。モルダーがなかったらオニパンは成立しないくらいの大事な機械なのだ。まあ他の機械も大事だけれど。

そのモルダーの調子がず~っと悪かった。だからそれなりに修理をしてきた。が、限界を迎えた。

針金でダイヤルのようなノブを固定しているのは大分以前に修理した跡。しかしその固定部分がぐらつき、生地の厚さの調整がむずかしくなってきた。本来は、裏側からビスで留めているようだ。溶接の技術があれば、固く固定できるのになあ。修理を頼むとすぐにうん万円かかる。それはいやだ~!!だから自分でできるだけ修理する。でもどうしたものか。この休みに挑戦。アーでもないコ~でもないといろいろやってみる。

3時間は粘った。すると、どこがおかしいのかだんだん分かってくる。これがダメならばこーすればいいのかな。みたいな感じで、原始的に針金や金具などをはめ込み徐々に機械がまともに動き出す。

どうだ~!!みたいな感じで、針金技術。やれば出来るものだ、固定された!!うれし~!!超嬉し~!!!

この原始的修理で多分ほぼ半永久的に使えそう。こんなやり方で先日修理した設備にオーブンがある。オーブン扉のバネが折れて、扉が閉まらなくなった。扉は厚い鉄で出来ていて、とても重い。そんな扉が急に開き落ちてくると、顔などに当たれば大変なことになる。その修理を設備屋に聞くとまた高い金額を言ってきた。ついでに言うと、設備屋は「よくこのオーブン持ってますね。もう30年くらい経ってますよ。寿命ですね。」みたいなことを。もう金属疲弊していて、潰れかけとのこと。しかし、そのアドバイスは聞かず、自分で修理。

こんな風に、20キロ以上に耐えるバネを専門店から探し、2カ所に取り付けた。これで、あと10年は持つだろう。

必要は発明の母。まさにこれだ。そう言うと聞こえがいいが、貧乏性というのが一番の原動力かもしれない。

人がいなくなるということ

この二日間の休みは比較的ゆっくりできた。半年近く行ってきた土木作業も一区切りつき、ユンボの操作も一応終了。オニパンの駐車場の整備も一応終了(まだでこぼこだが)。頼まれていた隣人の畑の耕作をトラクターでチャチャッとやって(本当にトラクターを使うと早い!)ついでに少し伸びていた小麦畑の雑草もトラクターで耕した。

ふと目をやると、お隣のじいさんの畑も雑草が広がっている。

これもまたトラクターで耕さないとな。つい一ヶ月ほど前に耕したのに。雑草が伸びるのは早い。そして、なぜか気になったハウスの中に入ってみる。

戸口が開いていて、ハウスの所々が破れている。そのためか、ハウスの中は酷い状況になっていた。

ツルっぽい草が前面に繁茂し・・・じいさんの大切にしていた播種機などは草の中で外観も見えなくなっている。コンバインも草に絡まれている。草を取ってみると

鉄のチェーンなど錆び付いている。このままでは動かなくなる。雨がテント内に入り込み、暑い環境でジャングルのようになっていたのだ。

じいさんはこまめに機械の整備をし、雑草などもはやらせないようにあちこちに手を入れていた。以前のInfoにも書いたが、整った茶畑や雑草のないまっすぐ伸びる畝、その光景が当たり前になっていたので、じいさんがいなくなって見間違うほどに変わり果ててくる様相に驚き、逆にじいさんのそれまでのこまめな仕事のすごさに気づいた。人がいなくなるとわずかの時間で変わり果てる。

所狭しと広がる雑草をひきぬく。あまりの量に圧倒される。何か悔しくて、むなしくて・・・。人がいなくなるということ、それは必ず起きることで、今あることは永遠ではない。それは近い将来我が身にも起きること。

別府の実家に行った。今はオヤジもいない。94歳のオヤジは入院中。そしてその後は老人ホーム。実家のマンションは空虚に時間がすぎている。人気のない部屋は空気が違う。30年近くの賑やかな時と思い出が嘘のような静けさ。