10月より塚原本店9時オープン!ただし・・・

11時オープンになって久しい塚原本店。しかし、開店前から来られるお客様は多い。このシルバーウィークには、9時前に来られたサイクリストたち。「あ~開店まで2時間以上・・・、どうしよう」の声。

私は、せっかくオニパン目指して、急な坂を登ってこられたサイクリストたちの心情を思うと、がっかりさせてはならないと、「どうぞ、どうぞ、あるものでも食べてください。」とオープンカフェに誘導した。みなさん大喜び。

そうだよなあ、サイクリストにとっては11時オープンだと、夏場は暑くてお話にならない。近くのキャンプ場のお客様も帰ってしまう。経営の厳しいオニパンにとっても、11時オープンは売り上げ減に貢献しているようなもの。これは考えものだぞ。

問題は、別府販売に向けて準備が忙しく、9時開店だとお客様の対応が出来ないということ。パン自体は半分以上焼けている。

そうかあ、全部焼き上がってパン棚きれいににならベ、音楽を流さないと開店ではないと考える頭の固さが問題なのだ。

今時、スーパーでもセルフレジが常識になりつつある。忙しくて対応できなければ、対応せずに販売出来る方法を取り入れよう。

セルフレジ、セルフマネジメント。

ということで、9時オープンにたどり着きました。

10月1日(木)よりオニパン塚原店は9時オープンです。初めは色々とご迷惑をお掛けすることもあるでしょうが、ご協力よろしくお願いいたします。

そして、大事なご報告。大変申し訳ありませんが、10月よりパン価格の改定をお願いいたします。厳しいご時世のもと、心苦しいのですが、このままではやっていけそうにありません。新しい商品の価格をここにお知らせします。

よろしくお願いいたします。

第2工房での仕事

一度しかない人生で生涯パンを焼いて暮らそうと思っている。第1工房(塚原本店)の設備が老朽化し、いろいろとガタが来ているなか、思い切って新しい工房での仕事を夢見た。商売は簡単ではない。売り上げ倍増、販路拡大、新商品大ヒット・・・そうはなかなか問屋は卸さない。第2工房で何が出来るかという夢を抱きつつ、2年が過ぎた。

第2工房を作ることに至った理由はさまざまであった。初めは、従業員さんが暮らす簡易な寮的な施設。予想以上に建設費が高い。そこに付属的に作業場も作りたいと思っていた。従業員さんの寮が違った形で解決され、作業場だけが残った。コンテナを使うと頑丈で建設費も安くなるということで、方向性が決まる。

オニパンの目指す「誰もが輝ける世の中」に貢献できる活動は・・・との思いがある。現実は経営維持に終始する状況。そんな中でも手に入れた宝、第2工房を活用できればと思う。いつか。近いうちに。

最近、第2工房の活用を始めた。パンづくりの効率化を考えて。上等なオーブンに慣れて、美味しいパンを焼けるようになるために。

本日のカンパーニュ。発酵が一番大事だが、焼き方も大事。うまく焼けてきた。240度15分、250度5分(下火は224度)。

タルティーヌ

いわゆるオープンサンドのことです。この間試作を続けていましたが、いよいよデビューと言うことになりました。しかし味が完成されているわけではなく、そして課題であったフランスパンの土台の固さ(高齢者にとって食べにくい)は改善されたものの、味は果たしてどうなのかとか・・・。試食の結果はまずまずということで、本日より店頭へ。

これは以前の試作品。包装はこれでは食べづらい。フードパックに変更しました。さてどうなるか。お楽しみに。

たくさんの思い出

昨日はダイさんの葬儀、お通夜へ参列した。たくさんの人々が駆けつけていた。53歳の突然の死は受け入れがたい。奥さんの涙声、年老いた現役の親父さんの姿は見るに辛かった。

帰宅して、ダイさんと巡り会うきっかけとなった白黒さんの「道楽日記」を追いかけた。SASAさん、チョッチ(ダイさんのニックネーム)と検索をかけた。数十とブログが現れる。白黒さんがこまめに、丁寧にブログを書き続けてくれていたおかげだ。この時間と熱量は信じがたい。ブログが記録したダイさんの、あるいは仲間たちとの足跡。ダイさんと白黒さん、そしてSASAさんの3人は、私にとって特別な関係でもある。この3人は、オニパンを通じて仲良くなっていった。そしてオニパンにさまざまに貢献してくれた。10数年前(正確には12~3年前)から、オニパンにはさまざまなサイクリストが現れてきた。それは、白黒さんのブログがオニパンを広めてくれたおかげ。そしてその中でも、この3人は年齢が近く、自転車への思いも強く、人生を模索する姿勢も似通っていた。3人は張り合いながら、ロードバイクへの情熱と力量を高め合っていた。

そして私への働きかけも強烈だった。彼らは私に「もっと自転車を愛して、そして健康になって!」みたいな思いで、ロードバイクを贈ってくれる。

3人が中心になってバイクのパーツを持ち寄り、「ロッポ」というサイクルショップで組み立ててくれた逸品だ。それを、夕方オニパンへ持ってきてくれた。

右から白黒、マスター、ダイさん、SASAさん。SASAさんは癌でなくなった。7年程前。2年近くの闘病だったか。辛く苦しい日々だった。そして、ダイさんが・・・。大事な友を二人も失った白黒さんの気持ちを想像すると・・・。

まだ若かった二人だなあ。このロードバイク大切にしなきゃな。

大切な友人へ

信じがたい出来事、どう表現して良いかわかりません。ご家族のことを考えると、辛くなります。

このInfoにも何度か出てきた、木こりのダイさんが、事故でお亡くなりになりました。

ダイさんの提案で作ったクロッチー。

三重町の「大五郎食堂」は、彼の親父さんがダイさんの名前をとって始めた食堂です。何度も行きました。みんなから愛されていたダイさん。悲しいです。