モルダー修理

パン製造の設備にモルダーという機械がある。聞き慣れない名前かもしれないが、この機械は相当重要なポジションにある。役割は生地を伸ばす、丸める。普通、めん棒という太鼓のバチのような丸い棒で生地を伸ばす。パン教室での大事な技術。めん棒を上手に使えるか否かは、パン作りにおいて大事な要素だ。だから、私もパン教室に通っていた頃、どうしたら先生のようにうまく生地を伸ばせるか試行錯誤の連続だった。

パン屋は大量のパンを作る。だから、めん棒で生地を伸ばす場面は思ったほど多くない。それよりもはるかに効率の良いモルダーを使う。めん棒で伸ばす時間の10分の1のスピードで伸ばす。さらに、伸ばした生地を丸めることも出来る。それがすごい。食パンを作ったことがある方は想像できるだろうが、食パンの成形は、まず平たく生地を伸ばし、それを折ってさらに丸める。多分早くできたとしても1~2分はかかりそう。それをモルダーは5~6秒でやってしまう。モルダーがなかったらオニパンは成立しないくらいの大事な機械なのだ。まあ他の機械も大事だけれど。

そのモルダーの調子がず~っと悪かった。だからそれなりに修理をしてきた。が、限界を迎えた。

針金でダイヤルのようなノブを固定しているのは大分以前に修理した跡。しかしその固定部分がぐらつき、生地の厚さの調整がむずかしくなってきた。本来は、裏側からビスで留めているようだ。溶接の技術があれば、固く固定できるのになあ。修理を頼むとすぐにうん万円かかる。それはいやだ~!!だから自分でできるだけ修理する。でもどうしたものか。この休みに挑戦。アーでもないコ~でもないといろいろやってみる。

3時間は粘った。すると、どこがおかしいのかだんだん分かってくる。これがダメならばこーすればいいのかな。みたいな感じで、原始的に針金や金具などをはめ込み徐々に機械がまともに動き出す。

どうだ~!!みたいな感じで、針金技術。やれば出来るものだ、固定された!!うれし~!!超嬉し~!!!

この原始的修理で多分ほぼ半永久的に使えそう。こんなやり方で先日修理した設備にオーブンがある。オーブン扉のバネが折れて、扉が閉まらなくなった。扉は厚い鉄で出来ていて、とても重い。そんな扉が急に開き落ちてくると、顔などに当たれば大変なことになる。その修理を設備屋に聞くとまた高い金額を言ってきた。ついでに言うと、設備屋は「よくこのオーブン持ってますね。もう30年くらい経ってますよ。寿命ですね。」みたいなことを。もう金属疲弊していて、潰れかけとのこと。しかし、そのアドバイスは聞かず、自分で修理。

こんな風に、20キロ以上に耐えるバネを専門店から探し、2カ所に取り付けた。これで、あと10年は持つだろう。

必要は発明の母。まさにこれだ。そう言うと聞こえがいいが、貧乏性というのが一番の原動力かもしれない。

人がいなくなるということ

この二日間の休みは比較的ゆっくりできた。半年近く行ってきた土木作業も一区切りつき、ユンボの操作も一応終了。オニパンの駐車場の整備も一応終了(まだでこぼこだが)。頼まれていた隣人の畑の耕作をトラクターでチャチャッとやって(本当にトラクターを使うと早い!)ついでに少し伸びていた小麦畑の雑草もトラクターで耕した。

ふと目をやると、お隣のじいさんの畑も雑草が広がっている。

これもまたトラクターで耕さないとな。つい一ヶ月ほど前に耕したのに。雑草が伸びるのは早い。そして、なぜか気になったハウスの中に入ってみる。

戸口が開いていて、ハウスの所々が破れている。そのためか、ハウスの中は酷い状況になっていた。

ツルっぽい草が前面に繁茂し・・・じいさんの大切にしていた播種機などは草の中で外観も見えなくなっている。コンバインも草に絡まれている。草を取ってみると

鉄のチェーンなど錆び付いている。このままでは動かなくなる。雨がテント内に入り込み、暑い環境でジャングルのようになっていたのだ。

じいさんはこまめに機械の整備をし、雑草などもはやらせないようにあちこちに手を入れていた。以前のInfoにも書いたが、整った茶畑や雑草のないまっすぐ伸びる畝、その光景が当たり前になっていたので、じいさんがいなくなって見間違うほどに変わり果ててくる様相に驚き、逆にじいさんのそれまでのこまめな仕事のすごさに気づいた。人がいなくなるとわずかの時間で変わり果てる。

所狭しと広がる雑草をひきぬく。あまりの量に圧倒される。何か悔しくて、むなしくて・・・。人がいなくなるということ、それは必ず起きることで、今あることは永遠ではない。それは近い将来我が身にも起きること。

別府の実家に行った。今はオヤジもいない。94歳のオヤジは入院中。そしてその後は老人ホーム。実家のマンションは空虚に時間がすぎている。人気のない部屋は空気が違う。30年近くの賑やかな時と思い出が嘘のような静けさ。

線路シタの夜市 決行!

非常に強い台風14号が目前に迫る中、17日(土)「線路シタの夜市」が決行された。雨に降られることもなく、嵐の前の静けさ的な夜市だった。想像以上のお客様に、駅市場のメンバーも「何十年ぶりかしら」と口ずさむ。

人だらけ!

何せ、出店の数が30以上。そして驚いたのは、お店の力。イベント力というより、その店の力で人を集めている。そういう集客力のある有名店がたくさん集まったので、この夜市が大盛況になったのだと感じた。

こういう看板を待つスタッフ。どう並んでいいのか分からないほどに人が連なる。「ヒナタキッチン」のすごさ!!ここだけではない、スコーンのお店も同様。人気カレー店などもそうだろう。オニパンの前にこそっとお店を開いていた「ヒビノ」さんもそう。目立った看板一つなくても、行列が並ぶ。すごいなあ。我がオニパンは、最初の30分くらいお客様もちらほらだった。そして

こんな風にイベント用パンを4種類用意。メインは、その場で温めて食べるガーリックベーコン。きっと、喜んでくれるだろうなあ、人がいっぱい集まって、大変だろうなあと想像し、オーブントースターを3台準備した。ブレーカーが落ちては困ると発電機も用意した。

ぼちぼちお客さまも来てくれ、販売もすすむ。しかし、予想に反し、オーブントースターは3台も必要なかった。かろうじて発電機も少しだけ使ったが(笑)。重かったのに。

5時開店(イベントスタート)で終了したのが9時前だっただろうか。ヒビノさんなんか30分くらいで完売。持ってきてたパンも少なかったわけだが。うちは、3~4倍くらいあっただろうけど。お客さまにとって、イベントにとっては遅くまで営業してるお店がないとつまんないしね。貢献できた!

完売!!!よかったあ~!!!

いやあ、夜市は良かった!駅市場にとって本当に良かった!!お店仲間で一緒に取り組むことで連帯感も深まった。個人的にいえば、他店の集客力や商品の工夫等いろいろと学ばせてもらった。オニパンも真摯に美味しいパンの追求に邁進するぞ!

今後ともよろしくお願いします。謙虚な気持ちになれました。ありがとう夜市。瑛人さんのライブは仲間が発信してくれてそれを視聴。ギター一本で盛り上がってましたね。ありがとう瑛人さん!!

結局、日・月・火・水の4連続休業。大変ご迷惑をおかけ致しました。しっかり休養がとれました。今日から営業です。美味しいパン作ってお待ちしております。

思い切って購入! ハンマーナイフモア

農業を続けていくかどうか・・・。今年も6年期限の認定農業者に登録。6年前に登録した期限が切れたからだ。毎年小麦を作ってきた。この小麦が作れるようになったのは、市からの援助金のおかげでもある。鹿対策の防護柵を300メートル張り巡らせた。その費用の半分を援助してくれた。その後援助してもらうこともなかったが、今後必要になることもあるだろうと、登録申請を行った。とりあえずまだ6年は農業を頑張ろうと。しかしだ、農業を続けていくためには農機具が必要となる。うちのような少量の小麦栽培のために多額の資金を費やすのはまるで計算が合わない。ただ、夢の実現みたいなところで踏ん張っている感あり。今年のように頑張ってなんとか収穫できた小麦も、今ひとつの出来だと、あ~なんてことだと疲れが出る。

人生いろいろだ。追い求めてきたことが変化し、昔からすれば考えられないような現在に至っている。しかしこの変化した現在の姿も過去からつながっていて順当な「現実」なのかもしれない。今の課題をしっかり追求することによって「小麦栽培」となり、農業への道へと進んできたわけだから。

まあこれも、体力や気力が続く間だけで、当然老いが活動を停止させる。今の私も体力の限界を感じつつ、どうしようか迷いながらの活動を続けている。しかしあと6年。続けるために決断した。(長いイントロ笑)

ハンマーナイフモア。自走草刈り機。強力な草刈り機。赤いカバーの中には頑丈なナイフが36本。それが回転し、丈の高い草でもみじんに粉砕。細い笹などでも粉砕することが出来る。

試しにハッピーファームの入り口付近を刈ってみた。

30分で劇的変化。刈払機でやれば、すでに腰が痛くなる状況。農業で辛いのはこんな環境整備だ。雑草との闘いが大変なのだ。除草剤を撒けば簡単なことだろうが。

しかし、機械を使うとなるとそれなりにメンテナンスやトラブルが相伴うことになる。

雑草の元にいろんな物が落ちている。例えばネット。昨日は2回ほど絡まり、取り出すのに1時間近くの時間が。暑い日差しにやられそうになった。けれど、そんな作業を通じて機械と友達になる。トラクターやユンボでもそうだ。機械に詳しくなるし、愛着が出る。先日もユンボのメンテでグリスを注入したが、仕方が分からなくて今まで放置していた。すると機械がギーギーと悲鳴を上げ、心配に。もうダメだなと観念して(笑)、YouTubeでお勉強。グリスアップ。ニップル(乳首)にグリスガンで注入すると、見事に古いグリスが隙間より排出。するとどうだ、機械の悲鳴が一発でやんだ。こんな風にしてお世話してあげると機械は友達になってくれる。犬や猫も同じだな。お世話することで信頼関係や感情がつながるもんな。

そして、火曜日はお馴染み土木工事。マサ君が頑張ってくれた。私は4回目のコロナワクチン。打って効果があるのかどうかわかんないが。

考えられないような変化。以前からすれば劇的。機械の力は本当にすごい。

盛りだくさんな夏休み

夏休みが終わってブログを書くのはオニパン開店以来の慣例。毎年しっかり書いている。しかし今回はさらりと。と言うのもすごく思い入れのある計画を立てたわけでもなく、まあ行ってみようか的な感じでの軽い遊び感覚。

以前は、ママと交代で一人旅行なぞを計画して、「青春」を謳歌したりしたものだ。ママが由布岳でけがをして以来、股関節の調子が悪くなり、犬の散歩やきつい動きが出来なくなり、一人旅行も一時お預けとなった。だからこの間二人での軽く小旅行がふえた。

夏期休業初日月曜日、以前から計画していた「櫟の丘」へ。オーナーの「やっさん」とは知り合い。開店当初は、まだ建物も料理もそれほどではなかった。「やっさん」は、料理人と言うより、プロデューサー、実業家的な人だ。長崎の監獄が解体されると聞くやいろんな材料「鉄や石」などタダ同然でもらってきて保管してたり、タイにいっていろんな中古品を買ってきたり。自分でユンボを使い工事してみたり。行っていない数年間の間に「櫟の丘」はどんどん進化発展。今ではずいぶん様変わりしたのでは期待を持ってお食事へ。

予想は的中!というか、予想以上。予想を裏切ってと言う方が当たっている。すごい!これがあの櫟の丘か!!

料理もおいしい。そしてお食事の空間は湯布院を見下ろす天上の世界。テーブルも建物もインテリアもエクステリアもズッシリと重たい素材を使い、重厚感に満ちていて、そしてオシャレ。すごいな~!!こんなスペースでお食事すると、お値段も高く感じない。

刺激を受けた翌日は、私も頑張った。今回は「バターチキン」カレー。

バターチキンは北インドカレー。このカレー、気に入りました。なにがって?材料が少ないのと早くできるのと、その割においしい。これで3種目。今回は初めてレッドチリパウダーを使った。レッドチリパウダーという商品が手に入らなかったので、同じ原材料の赤唐辛子パウダーで試した。全く問題なし。カレーにはクミンシードを使うのが常道なのかと思っていたが、クミンを使わずとも美味しいカレーが出来るんだな。ガラムマサラの中にクミンが入っているけどね。

さて、お盆までとても忙しく、母親の墓参りに行っていなかったので、水曜日自転車で墓参りへ。

すでに誰かが(わかっているけど)きれいな造花のお花を飾ってくれていた。右のお花はオニパンの畑に咲いているお花。母が亡くなって11年。あの東日本大震災の3週後に亡くなった。時が過ぎるのは早い。11年後私は生きてるのかなあ。

さて、充実の夏休み。いっときもボ~っとしてなかったぞ。朝は墓参りの日から3日間、自転車でトレーニング。体力の衰えを感じながら、大村混さんを見習って、運動を続けることを再確認。運動の後、気持ちが若返る。運動の汗の量と気持ちの相関関係。そして、写真は載せないが、3日間ユンボに乗る。工事現場が激変。

そして木曜日、全く去年と同じ行動。それはあの「黒嶽荘」へお風呂とお食事コース。

ほんとここはいい!気に入ったあ~!!長湯と同じ炭酸水が豊かに噴出する。炭酸水も売っている。蜜を入れたらサイダーだ。その冷たい炭酸水(9度)の水にソーメンを浸けて食べるのうますぎる。シビシビソーメン。

写真で分かりづらいだろうけど、ソーメンの入れ物の下から炭酸水が湧出している。

料理もうまか。そしてお風呂は予約制みたいな感じだが(あまり宣伝していない。これぞ隠れ家的。ひろまったらいやだ~)、炭酸水のお湯と水風呂(鉱泉水)。これを交互に入る。水風呂は冷た~。50かぞえると指先が痛くなる。そして温かな方へ。(うちでは、これが気に入り、昨年、水用の簡易バスタブを購入した。)お代金がなんと一人300円。今時こんな商売をしているとは。だから広まったら問題が生じるかも。と言いながら、ブログで広めている私。ごめんね、聞かなかったことにしてください。

とにかく黒嶽荘の炭酸水とソーメンと料理はいいなあ。それが由布市にあるんだから。庄内。海抜750㍍。涼し~!避暑と慰安にはもってこいの場所だ。お盆の時は忙しいらしいので、それは外した方がいい。冬もゆきが積もるし・・・。

こんな夏休み。短期間にいっぱい詰め込んで、でも楽しかった!!!