小麦製粉!&リハビリ登山

先日Infoで書いたように、私の健忘症のため置き去りにされていたパン小麦を休日の火曜日製粉してきました。

豊後大野は澄んだ青空がどこまども続き、その下に黄金色に実ったパン小麦たちが一面に育っていました。お世話になっている平野製粉所へオニパン畑の小麦たちを届けます。

今回は40キロ近くの小麦粉に製粉されました。しばらく「塚原のユメ」食パンが焼けます。

そして、久々に三重駅前の大五郎食堂へ。

鮮やかな看板。新品のよう。数日前に大分合同新聞の「間違い探しコーナー」に載っていた大五郎食堂と親父、女将。有名店なのです。前回の製粉の時は二時をまわっていて、休憩に入っていた。今回も二時ギリギリだったが、入れてくれました。

ハヤシライス!!!おいしい!!!女将さんも親父さんも私の顔をあまり覚えてくれていません。私の方も恥ずかしがり屋なので(ホンマです)わざわざ名乗ったりしません。しかし今回は私一人だったので、オニパンですって言うと、とても喜んでくれました(ママはすぐに憶えられるのですが、私はどうも地味みたいです)。

しばらく話が弾みました。親父さんは脳梗塞になって、歩くのが大変になっていました。それでも、料理を頑張っているとのこと、流石だなあ!お店が生きがいなんだなあ。

そして昨日の水曜日。日向岳へリハビリ登山に行きました。最近毎日のように夜中に足がつります。酷いときは2回も。高齢化と過労のためなのでしょう。もっと運動をすることやストレッチなどに心掛ける必要ありなのですが。普段はなかなか時間もとれず、休みの日もチョロの運動で済ませることも。ママはお尻の筋肉が弱っているのではと助言します。確かにお尻から足首にかけて弱っているような気もします。少し時間をとって、山へ行こう!

ということで、日向岳へ。

水曜日は生地の仕込みや生け垣の剪定、雑草取りなどの雑務もあり、2時間程度で終わらせる必要があったので、短いコースにしました。山登りは、全身運動であり、ウォーキングなどとは比べられない負荷が筋肉にかかります。特につりやすい左側の足やお尻を意識しながら、登っていきました。

薄暗い森の地面にまだらの明るいしみがポツポツと。コモレビ(木漏れ日)です。不思議な雰囲気が広がります。

この分かれ道のポイントまで登山口から40分。ずっと登りが続きます。息が苦しいくらい(若い頃はそんなでもなかった)。これは相当なリハビリだよな。ここから、日向岳山頂まで10分ちょっと。

アップでゴメンナサイ。ちょっと満足。下山する時間は30分程度。合計1時間40分のリハビリ。帰って、お風呂に入り、今度はストレッチを。これを週に2度出来れば、きっと体力が付くんだろうけどな。そんな仕事の仕方を模索していくぞ。

オニパンの食パン、食パンのオニパン

どちらのタイトルがベターなのか。本日大分合同新聞には挟まれている「もぐもぐ」という冊子の取材がある。もぐもぐさんは「クレセント」を第一に考えていて(パン屋の名物アイテム特集らしい)、私としては(食パンが売りなのに)と思い、食パンも載せてほしいと要望した。

現在食パンは5種類ある。オニ食、国産食、玄米食、ブドウ食、ユメ食。それぞれに人気がある。最近最もお値段のするユメ食なのだが、その注文がしばしばくる。自家製小麦をブレンドしているとてもレアな食パン。その素朴な味が好感を呼んでいるのか。開店当初からのご贔屓さんから、「あの食パンはヒットやったなあ。今まで食べた食パンで一番や。サンドにしてもうまい!」と大変な評価。

ところが、その小麦が底をつき、今月で終わりそうな状況に!それで、そのご贔屓さんには、「これから来年まで作れない」告げた。ぁ~なんてこった!

しかし、ふと一昨日、あるお客さまが来て、大変なことを思い出した。そのお客さまは、由布院の「束の間」という旅館で働いている人。その人と話していて、オーナーの話題に移ったとき、そのことを思い出したのだ!束の間の大きな冷蔵設備に、しばらく「ユメ小麦」を預かってもらったことを!!物忘れがひどい昨今、しかしそんな大事なことを忘れていたとは。

たしか6袋の小麦を収穫した。製粉したのはそのうち3袋だった。早速束の間の冷蔵室に行ったが、なんと3袋がちゃんと鎮座しているではないか!!!ぁ~なんてこった(涙)。

と言うことで、これからもユメ食パンは作れますよ!

抹茶あん

ゴールデンウィークもいよいよ終了ですね。今日は雨模様。お客様は来るかなあ~。しっかりパンは作っていますのでよろしくお願いします。

さて、この間とても忙しく、ただただ体力が持つのかと忍耐の日々でした。やはりゴールデンウィークは一年で一番忙しい日々なのだと実感します。Infoも2日間お休みでした。申し訳ありません。

ブログを書こうと思えば、先ずネタが必要。ネタは目の向けどころでいくらでもあるのでしょうが、写真が必要。写真があればInfoもすぐ書ける。忙しい日々に、書けないというのは、話題はあっても写真がないと言うのもある。今日は写真がある!できたての。

これはオニパンの「抹茶あん」です。私が以前挑戦していた抹茶あん作りは、結局うかくいかず、オニパンスタッフの安形さんにバトンタッチしました。安形さんは、旅館の厨房で長く働いてきた人で、料理がとてもうまい。どんな材料でも工夫してオリジナルで美味しいものを作り出せる。それは才能と言うより、長年のキャリアと必要性から(お金を使わずに節約しようとする生き方)独自の料理法を生み出しているといえる。

その安形さんが北海道の大手亡という白豆を煮て絞って、砂糖を入れる前までの状態までつくり私が砂糖やお塩、抹茶で仕上げるというふうにやっている。その抹茶あんが今朝完成。市販のものを購入して以前はやっていたが、どうしても味に満足できず、安形さんにお願いしたわけです。

今までに食べた抹茶あんの中で今朝のものが一番おいしいのではと思えました。あっさり、ほっくり、自然の豆の味。添加物の違和感な味がなく、スッキリしているなあ。

素朴だけれど私はこの味はいいと思います。よかった!これからは自信を持って、抹茶あんホイップを売れるぞ!

ゴールデンウィーク 久々の賑わい

ゴールデンウィークど真ん中です。昨日は卸のために湯布院盆地へ。車が多いので地元人しか知らない抜け道でバーガー屋へ。湯壺通りのコミチカフェへも。湯壺通りは湯布院の最もお客さんの多い通りですが、入ると人でなかなか前へ進めない。あ~もどってきたな、あの混雑がと、ちょっと懐嬉しいような嬉しいような気持ちに。

塚原の通りはどこを見ても人はいない。この違い。当たり前ではあるけれど、湯布院のすごさを思い知る。我がオニパンも他府県の方が車でたくさん来てくださる。久々の賑わいだ。おかげさまでたくさん作ったパンも完売した。

しかし、力作「甘夏デニッシュ」がなかなか売れず最後まで残っていた。見た目なのかな。色合いが今ひとつかな。このInfoを見ているあなた様、ぜひご賞味くださいね。美味しいんですから。これからのデニッシュの旗頭なんですから。私としては自信作なんですから。

ちょっとしつこいかな。よろしくお願いします。

恒例・甘夏を求めて &法事

ゴールデンウィークまっただ中、忙中閑ではなく忙中忙の二日。しかし、見方を変えれば、それは癒やしの旅であり、花の宴でもある。

ゴールデンウィークは、一年で最も忙しく、お客さまの集中するときである。コロナで状況の変わった昨今ではあったが。それでもやはり忙しい。そんなときに、目玉商品である甘夏のデニッシュが出来ないというのは辛い。知人にいただいた甘夏が底をつき、さあ3日からどうしたもんだ(諦めようか)と迷っていた。スーパーで買おうか・・・でもなあ・・・甘夏と言えば毎年お世話になっている佐賀関加工グループだよなあ・・・・でも休みに買い付けはしんどいなあ・・・なんて思ったが。いや、観光と思えばいい!と出発した。

ほぼ一年前に来た懐かしの場所。代表の都さんは89歳!バリバリの現役。ここでは、湯布院のパン屋としてスタッフのみなさんにも「オニパン」は共通認識になっていた。もう4年目か。

都さんとお話しすると元気が出る。彼女の母は94歳までトキハで働いていたそうだ。彼女曰く「私は母親と似ているといわれる。だから私も94歳までは働くし、出来れば100まで働いて、コロリと死ねたらいい」。この仕事場大好きで「一年365日、欠かさず来ている」と!今年も記念写真を撮らせていただいた。

キミ子さん力強い!私も80までは頑張るぞ。

そして帰りは佐賀関観光だ。

めったに来ないからと、強気でこれを注文。配膳されたこれを見て、力抜け。これは何か?あの・・・関アジ丼!?なのだ。お値段1300円。力が抜ける。せめてこの1.5倍の量がほしい。地元の人は注文しないだろうなあ。やっぱ観光客しか・・・そういえば私は観光客だった。

気分直しにこれを注文。これは今回で3回目。高くたっていい(ちょっと高い450円)。ヤギソフト。

これはうまい!うますぎる!!

てなことで、佐賀観光が終わり、帰りの道は迷いに迷って高速を使ったにもかかわらず塚原まで2時間!(本来は50分から長くて1時間が普通)。相変わらずの病気。

さて日が変わって翌日の二日は、法事。父の49日。従兄弟が豊後高田から来てくれた。父が亡くなってほぼ一月半。久しぶりのお骨と面会。そしてお寺さんのお経を聞く。お経が終わってお寺さんのお話はなかなかいいお話だった。なぜ阿弥陀様が居られるのか。阿弥陀様はどんなお姿か。どんな人間も四つの苦しみを持っている。「先ず一つ目は・・・誕生するという苦しみ。」えっ???どういうこと???

この世に生まれると言うことは、嘘偽りの世の中で苦しまなければならないということ。この世は本当にでたらめだ。誕という字は「偽り、でたらめ」を意味する。・・・私はそんな話しは初めてだった。浄土真宗というのはこの世をそんな風に捉えているのか。生まれることは苦しみの世の中を生きていかねばならないということ。これは、ある意味当たっているかも。

話しを聞いていて、どんな人も浄土(あの世)では救われる!というのがいいね。そして姿を変えてまたこの世に戻る。仏様としてあなたを救ってくれる。・・・話しがこんがらがっているかもしれないが、いい話だった。阿弥陀様を呼ぶ方法は「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と唱えること。最後の唱和のとき、宗教を信じていない私も、「なんまんだぶ」と何度も言った。言うと心がスッキリした。

そして法事の後、お決まりのお食事コースへ。初七日の時は海を眺めてのご馳走。今回は町中だったので、小さな庭園を眺めて。

親戚での会話も楽しく時が流れた。そして、ママと、別府霊園へ。

係の人にお願いして石室へお骨を納めた。納骨。母親の壺が一つ。2011年から12年一人でここに。その横に一回り大きな花柄の立派な骨壺を安置した。あまりなかの良い夫婦ではなかったが、これからは仲良く仏様として浄土で暮らしてほしい。