贈り物

贈り物が届いた。今回は身内から。記念日の贈り物っていうのは、特別感があってより嬉しいものだ。

たくさんのお菓子!なかなか手に入りにくいものもある。最近甘いものを食べすぎ、体重が3キロほどオーバー。摂食せねばと思っていたやさきのタイミング。せっかく贈ってきてくれたのだから、気持ちを受け取らねばと、昨夜はポリポリ、サクサク。ビールからワイン、焼酎へ。こりゃあ大変だわ。

結婚記念日を憶えてくれていて、嬉しいものだ。なんと43年目。はえ~!

体調変わりなく過ごしていますか?と健康面を気にしてくれてありがとう。お菓子をしっかり食べて、もっと健康になるぞ~!!

新しいオニパンカフェの姿を想像しながら

一年に一回か二回の折々帳。ついにそうなってしまった。200回を目指してやってきたのだが、たぶんあと30年はかかる。ほぼ100歳か。私の命はあと何年なんだろう。たまたまサイクリストのために始めた道路状況のInfoは、気がつけば6年。日に日に内容が深まり、数も1472号。折々から、日々の記事に。まあこういう形でもオニパンの足跡を残していけるわけで。

しかしこの記録を残して何か意味があるのだろうか。そうも考える。誰が読み返すのだろう。それはないな。折々帳といい、Infoといい、すべては自分のため。そのときどきの振り返りの場、振り返りの時間、そしてこれから進みゆく自分の方向を定める推考のひととき。

新年の折々帳は、この来るべき一年の目標・計画・ロマンを語る場となってきた。そして、昨年、一昨年の折々帳を読み返すと・・・・

実に驚く。まさにそのとおりになっている。ホラでも何でもなく、着実に現実のものに。実現可能な計画を立て、それに一歩足を踏み出す。それは、もうすでにユメではなく現実。100%パーフェクトはないだろうが、10%、20%~70%とユメは現実に。だから、大事なことは足を踏み出すこと。そういう確信が生まれてくる。

22年1月3日。今朝の小麦畑から望む由布岳。

この小麦畑にしてもまさか自分で小麦を作れるのかとの思いがあったが、やりはじめると、できる!6回の経験はよりよきおいしい小麦を作り出している。「ユメ食パン」の注文が最近入り出した。確かにおいしいもの。

人生ってそう考えると、躊躇は必要ないな。少しでも自分のやりたいと思うことを、現実的な計画を立て、実践する。さすれば出来る。最近読んだ文章の中でとても感銘する言葉があった。「諦めなければ、それは勝てる(実現する)」。諦めるということをしなければいいのだ。そういえば、私が折々に参考にしてきた「ベーカリーパートナーの部屋」というネットサイトのパンの達人の言葉も通じるものがある。彼はベーカリーの成功の秘訣は?との問いに「パンの技術や経営面の研究とかではないなあ」「結局うまくいかなくなる困難な場面は必ずでてくるわけで」「私が思う一番の秘訣は根性かな」「何があってもくじけないという気持ちの強さがパン屋成功の秘訣」そんな感じで書いていた。なにかいい方法や成功への筋道みたいなものがあるわけでなく、くじけない心、目標達成への強い思いなのだと。

Infoでも書いたことがあった「小さな会社の生きる道」という本のこと。その本を読んで現在のオニパンの状況を整理している。お店を車に例えるとお店をうまく進めていくためには商品開発や目指す商品の方向性が必要だ。おいしい、お客様の求める商品の創造。お店のコンセプト。そしてどんな売り方をしていくかという商売のやり方。お店の作り方、移動販売などもそれに入るだろう。いわばそれは、車の前輪。しかし、それだけでお店がうまくいくわけでない。オニパンが目指す商品のブランド化や魅力の商品開発、オール国産小麦などにチカラを注ぐだけではお店は安定しないだろうな。

お店でむずかしいのは、むしろ後輪の部分。経営の効率化、製造手段や製造方法の改善、働き方の改善(労働意欲に直結するものなあ)売り上げ増のための方策・・・もう、私も頭が痛くなる。これもそれなりに取り組んできた。例えば、冷蔵生地や冷凍ストック、仕込み回数減。しかし、なかなか改善の域までいかない。誰かにアドバイスをいただきたいものだ。

冬休み作品第一号。ママの家事補助のためのワゴン。
これで、料理や荷物の運びが楽に。
冬休み作品第2号。2段式薪運びキャリア。

具体的な目標計画はおいといて、とにかくこの車の前輪と後輪をしっかりさせていくのが、今年のオニパンの課題。というのも、3人目の従業員さんが加わり、それなりの運営をしていかねばならないからだ。私たち老ママと老マスターの健康維持のための労働軽減も視野に入れ。

さらに、付け加えていうならば、車の前輪、後輪部分をしっかりさせるだけでは、意味がないなということ。お店が安定して維持でき、そこで働く人たちの暮らしを守り、お客様に喜んでいただくことは前提部分。この正月休みにママといろいろ話した。お店が維持できることが基本なのだが(潰れてしまってはなにもできない)、その後このオニパン号はどこへ向かって車を走らせていくのか、それこそが私たちの人生の目的ではないのだろうか・・・そんなことを話した。

このことも、近いうちに実践していこう。ぼちぼちと。やれば出来る。やり出したら出来る。10%でも。ちょっと謎めいた書き方になっているが、まだ、いえるほどの煮詰め段階にいたってないから。でもやるぞ。

庭木(梅など)を剪定。お正月にやっとできたぞ。
剪定をしだしたら止まらず、あのでっかい柿の木まで剪定。上が
なくなってしまいました。怖かった~。木こりのダイさんみたい
なことをしてしまった。

年頭挨拶 踏ん張りどころ

一年ぶりの折々帳。帰ってきたぜ、折々帳。懐かしいなあ。以前はずいぶん頑張って書いてたものだ。近ごろはinfoに肩代わり。しかし、朝から長文も書けないし。時間はかかるが、折々帳は私の自遊空間みたいなもので、だらだらと好きなことが書けるのでいい場所でもある。前置きはさておき、今年は、本当に踏ん張りどころだ。

大体、この文章を読んでいる方は、オニパンのサポーターかコアなファンだと思う。ほとんど隠し事ができない性格の私なので、結構露骨にオニパンのこれからについて書くことにする。いずれわかることなので、年頭に告知!

今年14年目を迎えるわけだけれど、これでもかというくらい、年々進化している。なにかというと、パンの作り方やパンの種類、働き方も含め進歩していると感じる。これは、スタート時点がとても低い位置からなので、決して今がすごく高いところにあるというわけでもないが。パンの種類や完成度からすれば、まだまだと思っている。だからいつも勉強中だし修行中だと自戒しながらやっていってる。

けれど、長年やっているパン屋であれば、この点は他のパン屋と一味違うぞというところもあるはずだ。我がオニパンはパンの作り方において、自家製手作りの追求は自負している。例えばパン小麦に代表されるように、パン小麦まで自家製を追求している点とか。そして、今回新たに言及したいこと、それはまとめて言えば、「持続可能な働き方の追求」ということになるのかな。

今年のテーマ「持続可能な働き方」について

今日の画像。1月5日朝より、蓑原工務店さんが厨房の拡張工事に入った。今年オニパンは重大な決意で取り組もうとしていることがある。それは、販路の拡大だ。今までよりも販売量を1.3~1.5倍にしようと考えている。そのためにはそれなりの設備も必要となる。それで、厨房を広げようと考えた。

infoを細かに見ている方なら覚えているかもしれないが、例えば自作ホイロのお話。あれも実は、製造量を増やすために、経費も考えて、上田家具製作所さんにお願いした代物。

さらに、考えているのは、大型冷蔵庫。もう嫌になるくらいオニパンには冷蔵庫がある。しかし、それでも足りない。小さな冷蔵庫は2つ3つ処分してでも大きな冷蔵庫が欲しい。それは、この2年ほど実践してきた冷蔵生地のさらなる追求からの視点。ずいぶんと冷蔵生地について研究が深まってきた。今では、オーバーナイト製法と同様においしいパンを作ることができる。このやり方をすれば、仕込みの回数が大幅に減らせることができる(労働時間短縮)。ただし、それを寝かせるための場所、すなわち冷蔵庫が必要となる。自力で冷蔵小屋を作ったが、手狭でもうダメ。プロに依頼することになった。

販路拡大ってどういうこと?

たくさんパンを作れば売り上げが伸びる・・・ほどパン屋稼業は甘くない。そしてオニパンは結構安いなんて言われる。売っても売っても、なかなか。コロナの影響もあって観光地の塚原には県外のお客様が減っているし。現在私を含め3人で朝早くからパンを作っているが、きつい労働。私はまだお昼などゆっくりするときもあるが従業員さんは休みなくこま鼠のように働き詰め。ママも体が大変になっている。このままでは、誰かが倒れる。一人でも倒れれば、それでおしまい!次は・・・・。そして誰もいなくなった(アガサクリスティー)。それが目に見えている。遅かれ早かれあと一二年後には、気候変動、原発の結末以上の速さでやってくる。今手を打たなければ遅い。じゃあどうすれば。来る日も来る日も考えた。寝ずに考えた。そして、心に決めた。(なんか絵本のスイミーみたいだな。)従業員さんをもう一人増やすということ。そしてその人件費を捻出するために、販路拡大。その方法は・・・・「移動販売」。これはママの提案!私も以前から考えてはいたが、ママが言ったら鬼に金棒。なんせ、オニパンのマークは、食パンの中にオニママがいるように、彼女はゼッテー(絶対)だ。


知らない方がほとんど。オニパンのこのロゴよく見て!食パンの中にいるオニは、ママだあ~!

移動販売は、オニパンを始める前から考えていた!

私が40歳ころからパン屋になるぞ~なんて騒いでいたわけだけれど、うまくいくなん思ってなかった。でもやりたかったからパン屋になった。山の塚原でお客さんを待っていて、来ていただけるなんて気はしなかった。でも塚原に住むということは譲れなかった。ではどのようにすればいいか。ロバのパン屋だ~!と思っていた。曲も決めていた。「オニ~のパン屋はいいパン屋、うまいぞ~うまいぞ~。一年食べてもあきないぞ~うまいぞ~うまいぞ~。二年食べたらクセになる~ホントよ~ホントよ~!行こう行こうオニのパン屋、行こう行こうオニのパン屋、あなたも私もおじいちゃんもおばあちゃんも~みんなで行こうオニのパン屋!」(ちょっと変曲)歌詞まで考えていた。

その時は来た!

移動販売車はすでに購入済み。ホンダNバン。ただ、なんていうの、メーキャップができていない。

歌の方は、カラオケも歌い手もすでに依頼している。歌は、私の憧れの方、京都祇園のアイドルであるまこちゃん。曲のカラオケは地元塚原の若手、溝部君。

もちろん左の方。とてもかわいくキュートで優しい人。歌もいいですよ!

移動販売車づくりも結構面倒だろうなあ。そして一番重要となるのは、コース選定や販売場所の確保。いける範囲は一時間以内だろうなあ。11時ごろ出発して一コースで2か所くらい販売して帰ってくるっていう感じかな。どこがいいだろう場所は?もし、アドバイスしてくれるなら大歓迎です。よろしくお願いいたします。スタートは3月30日か。まこちゃんが、その日は、絶対いい日なんだって教えてくれた。まこちゃんの働いていたグリースは京都で有名なお店。もう20年以上営業しているらしいけど、コロナで1月いっぱいで閉店だとのこと。なんと!無念です。まこちゃんはそれでも、グリースのオーナーが変わって営業再開できなければ、自分でお店を開くとの決意。その開店日が3月30日と決めているそうだ。

さて、結構、これからのこと書きましたね。ということで、オニパンも踏ん張りどころ。この一年が正念場と思っている。皆さん、ぜひ応援よろしくお願いいたします。

明日からお仕事が始まる。営業は7日別府店、8日から塚原店。今日は、最後の休みということで、めいっぱい、遊ぶのではなくたまりまくっていた薪の原木を薪にした。場所を取っていて、車の出し入れに困っていたし。4時間も作業していたら、腰が・・・・。おい、大丈夫かいな。

我ながら頑張ったなあ。チェンソーがうまく動き出したので出来た。こんな状況がこのように。片付くってホントに気持ちいいものだ。

明けましておめでとうございます。息長く続くための一年に!おいしいと笑顔が増える一年に!若くはないマスターとママだからこそ、経験と知恵で勝負の年に!№194

 半年ぶりの折々帳。文章が書けるか心配なほどに、脳の回転と記憶力が減退中。歳が原因という面もあるだろうが、日ごろの生活態度が最も老化に寄与していると思う。眠れない日が続き(特に悩みがあるわけでもないが)マイスリーという導眠剤を常用するようになった。これは、少し危険な薬だと最近知るようになる。お酒を40代のころより毎晩飲み続けている。これも、眠りの浅さの原因のようだ。パン屋の朝は早い。眠れないと、体が参ってしまうという強迫観念から、マイスリーを常用するようになっていた。

腰が痛い!足がつる!目が疲れ、視力が極端に悪くなる夕方。胃が重たく、少し多めに食べると、しんどくなる。大好きな豚骨ラーメンを食べると、胃が石のようにしんどくなる。もう5年くらい前からあきらめた。両手親指は付け根部分が痛く、もう7~8年ず~っと治ってない。頭の毛が薄くなっている。腹回りが太くなっている。もう嫌だ!こんなはずじゃあなかった!!

相次ぐ知人、友人の死。60代は多い気がする。それを乗り越えても、70代半ばでの死。がんが多い。つい、一昨日も、大阪の尊敬する先輩ががんで亡くなった。悲しみに耐えない。

歳を取るというのは、死と向かい合い、体の変化と向かい合い、「よいしょ」といちいち声を出しながら暮らすということなのか。いよいよ実感である。

「夢半ば」で亡くなるみたいな表現で、突然の死を無念視することはよくあるが、最近は、それは当たり前のことで、いいんじゃないかなと思う。「目標達成したぜ!」みたいな終わり方ってあるのかな。頭がぼけてない限り、夢(目標)を追い求め、その時々の達成段階で満足や充実を感じながら、生きていくしかないのだし、それで十分だと思う。いや、そういう生き方ができていればどんなにか幸せなことかと思う。

そう考えると、突然の死も、余命期限を意識しながらの死も、それほど悲しいことではないのかも。

新年に向けて、年末より、新たな取り組みを開始している。

生きる限りにおいて、ぼけてはいけない。というか、ぼけない努力をしないといけない。よって、マイスリーはやめた!眠れなくていい!ぼけるよりましだ。そして、お酒も週に3日は飲まない。すでに実践を初めている。すると、眠りが深くなった。マイスリーを飲んだ眠りよりも自然で、何か頭がすっきりしている。もっともっと頭のためになることをしなければ。すでに、相当ぼけが来ているのだから。ということで、新年そうそう、久しぶりに読書をした。ノーベル化学賞をとられた吉野彰さんがおすすめの「ロウソクの科学」。とても良い本だ。この本、実は二十歳のころ、良い本だと、知人に勧められたが読んでなかった本。ずっと意識していたが、まさか吉野さんが推薦するとは。パン屋も科学の素養が必要だ。おいしいパンを作ろうと思えば、科学的な思考や基礎教養(発酵などの)がないとだめだ。

 パン屋を目指す人がいれば、この2冊は必読文献。

さて、若干頭の方はなんとかなりそうだが、問題まだまだある。どうしようもない体問題。年末から腰痛がひどい。お正月ゆっくりしたら少しは改善するかなと思ったが、逆にひどくなっている。やはり、運動しかないのか。ということで、昨日、由布岳塚原コースを途中まで登る(2時間半のきつい運動)。今日の体の状況は・・・・なんと、腰痛が消えている(90%くらい)。やはりね。パン屋にとって運動は絶対必要なのだ。これも、パン屋になろうと思っている人は忘れないで。

今年の課題として今意識していること、それは労働軽減、より効率的な生産体制、そして美味しさの追求。なんと欲張りなこと。それに一歩近づける手段に気が付いたのが年末のこと。昨年、冷蔵生地や冷凍についてのいろんな方法があるとのことを知り、オニパンでもすでにいろいろと試しているところだ。開店当初より生地はオーバーナイトで発酵させるものだと決めつけてきた。焼きあがったものはその日に売り切るものだと決めつけてきた。しかし、現実的な問題としてそれはかなり無理がある方法だと最近は思っている。冷蔵生地にすれば二日分、三日分をまとめて仕込める。冷凍生地は扱い方によっておいしいパンが焼ける。焼きあがったパン生地でも冷凍の方法でうまさを維持できる。そうだ、冷凍という手段は、現在多くのパン屋の直面する課題を良い方向へ導く処方箋となるのでは!これに気が付いた!!

冷凍でも、やり方によってよりよい方法があるそうな。パン生地や具材をおいしく保つ方法が。ゆっくり冷凍するのではなく、できる限り早く凍らせるのが大切だと!業務用冷凍庫もかなりの能力があるのだろうがもっと力のある「急速凍結庫」など、零下40度レベルで一気に凍らせるという代物。大きいし、200Vの動力が必要。ほしい~欲しい!よし、躊躇している場合ではないのでは、ということで購入することに。しかし問題は設置場所。スペースだけではなく、夏場30度以上の場所では能力が発揮できないし下手をすれば壊れると業者が言う。それならば、造るしかない!ということで、建物の外に屋根を作り、設置する小屋を建てよう・・・みたいな。

年末、頼りのご近所さん、あのトミさん。私たちが塚原高原に店を構えようとするあたりからずいぶん助けてくれたスーパーな人。そのトミさんも今72歳。小屋を頼みました。3日かけて、屋根を作ってくれました。

 さすが、トミさん。しかし、あとは、私に作れという。う~できるかなあ?。正月2日、ハンズマンに軽トラをかりて材料を買いに行く。断熱材や壁板などは、たまたまオニパンの向かいで建築中の「無印良品の家」で働いている大工さんに頼むと、なんと半端なものを持ってけ!ということで、ごっぞりくれた!なんと正月そうそう、めでたいことだ。そして、4日かけて、ここまで製作。

 

この小屋に電源を引いて、高さ2メートル幅、奥行き1メートル近くの急速凍結庫が入るのだ。さらに、ストッカーの冷凍庫とジャムなどを保存する冷蔵庫も。さらにエアコンを設置して、夏場も涼しい冷蔵小屋に。

冷凍できる総菜パンの研究も進めている。これはママに頼んでる。

今年一年がオニパンにとって持続可能なお店の元年となることを願って。欲張りな目標ではあるけれど、やってみるしかない。もう後がない。

さて、旧年のがんばりへのご褒美として、まだいったことがなかった宝泉寺温泉へお風呂と昼ご飯へ(5日)。お泊りはできませんからね(犬猫さんがいるので)。

 いいですね、宝泉寺温泉。湯本屋。料理がうまい!そしてプレミアムビールもうまい!泡が「神泡」!

 グリーンラベルしか飲んでない私にとって、この泡は・・・!「泡の科学」を考えたくなりましたね。

 

 

 

夏休み 久々の夫婦旅。楽しかったと今になって思うこの頃。

振り返ってみると、折々帳は8か月前が前回。「書くことは考えること」とは有名な言葉だが、infoでのちょろ書きくらいしか書くことがなかった8か月、だとすればなるほどとうなずける事例が私の上に起きている。近頃よくママに言われる。あなた近頃おかしい!そう言われればそうなのかもしれない。じっくりと物事を考えてないのかもしれないなあ。ちょっと私的なことだが、反省しながら、この夏の夫婦旅を紹介しよう。

我が家には犬さんと猫さん、合わせて3匹いる。お世話があるので、旅は交代でしかできない。一人旅はそれなりにいいものだ。しかし、長年いつも二人で旅してきた我が身からすると、ちょっと寂しい面もある。それで、今回の夏休み、ご近所の方にお願いして、犬猫のお世話をしていただいた。

一番行きたかった大崩山。調べるほどに、二人には無理な山だと感じられた。ここ最近、とみに体力に自信をなくしつつある。特にママは、岩場は危険だと思う。もしものことがあれば、オニパンも終わり。今回はあきらめ(というか、一生あきらめ)、一泊でも行けそうな、見知らぬ地への旅を検討した。数年前私が一人旅した島根県の三瓶山(さんべさん)は、いい山だった。島根県まで旅できたのだから、広島県あたりは問題なく行けそう。それで、広島の一番高い山を探すと「恐羅漢山」(おそらかんざん)だとわかった。ちょっと気になる名前だとは思ったが、そこは無視。近くに三段峡という名勝もあり、そこに宿をとることにした。

 蒸し暑い日だった。8月18日(日)。「おそらさん」(地元の方はそう言っている)は、スキー場として一時期はそうとうなお客様がきていたようだ。後になってわかったが、私たちは一番きつい直登コースで頂上を目指したようだ。あの扇山みたいな感じもしないではなかった。扇山のほうがキツかったが。一時間半ほどで頂上にたどり着く。

 これは途中の分かれ道。

 頂上はこんな感じ。眺望は今一つ。

 自撮りの一枚。暑くて、汗びっしょり。でも、広島県の一番高い所を征服したので、ちょっと嬉しかったな。

おそらさんでは、夏場はキャンプや張られたケーブルを滑車でスーパーマンのように飛ぶスポーツが盛んにやられていた。子どもたちは目を輝かして遊んでいた。

さて、名勝三段峡の入り口に位置する三段峡ホテルへ直行。朝7時半に塚原を出発して5時間ほどのドライブ後山登り、そして5時ごろ宿に到着。

 ホテルは古そう。しかし玄関に「歓迎ひうら様」の札が。嬉しいものですねえ、ビップ気分になります。若いころ和歌山の竜神温泉の宿に行った時だったか「歓迎 大阪日浦様」と札に書かれていたのは。あの時以来のことだなあ。 3軒のお泊り様なんだ。ホテルは、結構古そう。後で主人と話して知ったが、築60年くらい。その前にも旅館はあり、現オーナーは3代目。5歳年上の70歳。なんと、恐羅漢山スキー場を立ち上げたのは、そのオーナーだった。若いころの苦労話など聞かせていただいた。活気のあったころの話をする主人の目は輝き、こちらまでワクワクと高揚する気分になった。しかし現在は、三段峡ホテルもかなり傷んでいて、大きな構えからして、掃除や維持も大変だろうなと思った。従業員さんもあまりいず、夫婦でやりくりしているようだ。

 お部屋の一コマ。トイレもない部屋でした。しかし、いい雰囲気!お風呂に行って、夕ご飯。

 おいしかったですね。地元のものを使った、手作りの料理。こういうのが私たちの口にはあっている。一品一品がおいしい!食べ過ぎて、持って行ってた胃薬を飲んで就寝。

いいことばかりの旅になる予定。しかし、気にはなっていた恐羅漢山という名前。山好きの友人が「え~あの山に登ったのか~」と教えてくれたことが。

それは、蛇がとても多い山として有名なんだそうで。

 下山までにこいつに20匹あったという話もあり。こいつって、もち、マムシ。マムシに限らず蛇がたくさんいるようで。私たちの上ったルートはゴルフ場急登コースで幸い蛇の少ないコースだったみたい。しかしそれで終わらなかった・・・。

一日目登山後宿でお風呂へ。気持ちいかった~。そしてお楽しみは、マッサージチェア!割と上等だ。心地よくもまれていると、なぜか足の指がちくちく。そのうちだんだん痛く。なんで~!!見ると、アブがおいしそうに私の親指を噛み、血を吸っているでは!ばかな~!! その日はそれで終わり幸い大したことはなかった。翌日、楽しみにしていた三段峡巡り。

  三段峡は結構長い見学ルートだ。全部はよう見れないので、一番近くの見どころを歩く。溪谷にず~っと歩道が続いている。とにかく蒸し暑く、汗だらだら。湿っぽい所なのか、苔もたくさん生えていた。私は昨日噛まれた足指が痛くて、歩くのがつらい。せっかく来たのだから我慢して歩いていた。折り返して地点の近くで、右足の弁慶の泣き所に刺すような痛みが走った!いてえ~ええっと!今度はなんじゃ!見ると、1mくらいの蛇が逃げよる。この野郎、待てえ~。正体つかまんとマムシじゃと嫌だもんね。マムシじゃなさそう。帰って、ホテルの主人が心配して毒吸いの器具で一応処置をしてくださった。

 黄色の注射器みたいなものがそう。とんだこんだで、時間がたち、そろそろ帰る時間に。あまりに暑いので、ホテルの前にあるかき氷を食べることに。

 こんな張り紙が。ちょっと食欲をそそりますね。そして、ホテルの主人さんが50年前のかき氷機を使ってつくってくれました。

  ママは宇治、私はイチゴ。は~、うまあ~!!! 暑い夏はこれにかぎるわあ~!そこで、ママが何気にこんなことをおっしゃった!「うちもかき氷したらいいわね。」

ママが提案するのはあまりないのだが、言うときはなかなか鋭いことが多い。それだあと思った。私も以前からそんなことをぼんやりと思ってはいたが、パン屋がかき氷なんてなあ、それとただでさえコーヒーを作ったりするのも大変なのに、かき氷まで始めたら、ママが怒るだろうし・・・。ところがだ、そのママが口にしたのだ。千載一遇のチャンスとはこのことか。

「オニパンかき氷は、自家製手作りがモットーです。リンゴやイチゴ、アンズなどのシロップ液を使い、塚原の湧水を固く凍らせた氷を削って作ります。一切の添加物や着色料もない、天然のおいしいかき氷~!塚原高原の生んだおいしいかき氷~はいかが~♪」

少し痛い目にあった夫婦の旅ではありましたが、結果としては、なかなか楽しい旅だったねえ。アブや蛇、蒸し暑い三段峡の苦難ありて、新しい発見もあり。

さて、来年はどこへ行こうかな。