完成間近 ログ前のデッキ

暑い日々の合間を縫って、デッキと屋根作りに励むマスター。やれば出来るもので、やりながら「なるほど、こうすれば、いいか」みたいなことがわかってくる。やはり実践が大切なんだと思う。単管をそのまま使うと、絵柄が悪い。そこで、茶色のペンキを塗る。うん、ちょっといい雰囲気になるな。単管に取り付ける木材(波板の下地)は白を塗ろうかな。波板は透明のものを使い、その上にヨシズをかけたら夏の厳しい日差しを遮ることが出来るし、冬はヨシズをはずせばいい。みたいなことを考えながら作業を進めている。

完成間近。お楽しみに。

発酵バター使用 特製クロワッサン

以前フランスで暮らしていたお客様が「オニパンのクロワッサンは本場フランスのものより美味しいね!」と言ってくださったことを覚えています。本当かどうか、私にはわかりませんが、そう感じたことは確かなのでしょう。今回発酵バターでクロワッサンを作ってみました。深みのある味になったクロワッサンを是非お試しください。

本日焼きたてのクロワッサンをパシャ!焼きたてが美味しいのですが。本日中であればサクサクです。

お値段は205円。お安いと思います。

バーガーズDIY

卸をしている「ゆふいんバーガーハウス」の社長はDIYが好きだ。その精神は、お金を掛けず、状況に応じて変幻自在に。「あれ~こんなことしてる!」と、今まで何度も驚かされてきた。ネットでの口コミを見ても「手作り感のあるお店」と出てくる。そして発想が飛んでる。屋根の上にバイクや自転車が飾られている。お客からすれば、こりゃナンじゃ!となる。そして食べると「うまい!」だから、口コミで、ネットで好感度上昇間違いない。

私もDIYが好きだ。楽しいということ、お金を掛けなくてすむということ、使い勝手が良くなる(作業場の場合)。しかし大事なところでバーガーに引けを取る。商売上の魅力度というか、そもそも「おっ、かっこいい!」みたいな完成度というか。そりゃあそうだ、なにせ小学校の時図工の成績が1~2だったのだから。元々センス無しなのだから。

最近、また社長は何やら企んでいたようだ。「ソフトクリーム屋を始めようかなあ~」と聞いたのが、1~2か月前のこと。それは、冗談ではなくかなり本気、いやマジ本気だったのだ。お店の前の狭いスペースを使って、道路沿いにソフトクリームのお店にリフォームしていた。多分今日辺りからオープンするのでは。

写真が今ひとつ鮮明でないが、いろんな工夫が施されている。

電灯はソフトクリーム。

上のソフトクリームはネオンサイン。

そして驚いたのが、これ!ナンじゃ?大きなモニターテレビみたいなものを、硬質ガラスでカバーしている。そこに、映像を流すという。すご!その発想。安上がりのDIYが一気に高級店に昇格だあ!

発想とセンスが物価高をカバーする!社長すごいなあ。生き残れるよなあ。私にもっとセンスがあれば、社長と変わらないんだが。

いざ大阪

日、月、火と大阪・京都へ。目当ては「和太鼓・民舞サークルどっこい」の40周年記念公演。書きたいことは山ほどある。時間の関係でハショル。

端的に言うと「感動」。何が?40年前に立ち上げた「どっこい」が、我々創設メンバーが活動していた当時のものよりも質的に発展していたということ。閉塞感に包まれた日本の中に、こんな場所があるんだと驚き、涙した。純粋に仲間と作り上げる和太鼓や民舞。もちろん、練習途上ではさまざまに挫折もあったという。演技のレベルがどうのこうのではなく、体や表情からほとばしり出るエネルギーや輝きの圧倒感。小学校2年生から82歳の高齢者35人がそれぞれのレベルで最高の力を振り絞っていた。

公演終了後の打ち上げ。40名で交流。全員が公演での苦労や喜びを語る。素晴らしい!涙がこぼれる場面もいくつか。学校では不登校気味の子どもたちも、こんなに晴れやかに喜びを口にしている。親子でのサークル活動参加者も数組いた。中堅の20代~30代の若者たちの自信にあふれた様子。技量のすごさは、キャリアを聞いて頷いた。保育園の時から活動していたという若者や、中学校、高校からという若者。20年もやっているのだから凄腕。最年長の82歳の女性は、私と同じ頃より。38年になる。みんなの目標になっているという。

大阪の片隅、門真という街で素晴らしいサークルが、地道に人間らしい活動の輪を広げ、存在していることは、私の今後への刺激になった。たまたまつくったサークル。しかし、作ったことの意味の大きさに驚く私。後継のみんなが、どれほど頑張り苦労してきたか、容易に想像できる。

さて、書けば切りがない「どっこい話」。せっかくここまで来たのだから・・・もう来ることもないかも、以前の懐かしき場所をレンタカーで巡り巡る。しかし、悲しいかな、方向音痴の私。いけどもいけども、どこを行っているのかわからない始末。懐かしき場所は頭の中にあるのだが、そこへは到底たどり着けなかった。やっとたどり着けたのは、Googleマップが教えてくれた以前の勤務校。

二つの学校にたどり着いた。そしてその校区巡り。しかし、恐ろしく細い道路ばかりで、その道にぎっしりの家がひしめく。消防車も救急車も入れない。こんな所だったんだとあらためて認識。塚原と門真。その違いに言葉がない。

そして京都。娘のマンションに泊まる。帰りは京都から新幹線。大阪も京都も40度くらい。かなり歩いた。重い荷物を持って。重い苦役のよう。帰りのお昼、腹が空いた。京都駅で何か食べねばと探すが2階あたりは満席。10階11階がレストラン街。上がり方がわからないので、階段で。

エスカレーターがあるのだが、真夏の日差しが暑くて暑くて。ほぼエレベーターを使っている人はいない。腹ぺこの私は勢い込んで11階の食堂街ビルへ入る。しかし・・・・並んでる~!待ってる時間的余裕はない。下りのエレベーターはなかなか動かないし、ここでも人人人。世界の観光地京都なのだ~、認識甘かった!

仕方なしに、重い荷物を持って非常階段を1階まで。

誰もいない!こんな所を下る人はいるわけないか。

こうしてなんとか新幹線へ。涼し~!!生き返った!!

駅弁買って、新幹線で昼食。駅弁ってありがたいなあ。

明日大阪へ オニパンは通常営業です

スタッフのみなさんには申し分けないのですが、私(マスター)は、大阪へ向かいます。振り返ると10年前、同じく大阪へ。10年に一度、大阪から呼び出される私。

ブログを書き始めて16年、古~いお客様であればご存じかも。私は、30の時、和太鼓民舞サークルを大阪の門真市で立ち上げました。当時はまだ目新しいもので、アチラコチラからお呼びがかかり、多いときで年に30回の公演をしていました。小さな物は地域の盆踊りや保育園の夏祭り、大きな物は数千人が集まる集会での演舞。若いから恐い物知らずでした。10年間は家庭を投げ出し没頭💦。そのサークルは今でも大阪でも有名なアマチュアのサークルです。

パネトーネを50個ほど作りました。メンバーへのお祝いとして。

10年前の記念公演では、私も舞台で踊りました。流石に今回は、そんな企画もなく。

40年前の画像。職場の速見小学校での練習風景です。近所迷惑なので、太鼓に毛布を。青春時代。