「希望のまち」お話しを聞きました

「希望のまち」北九州市にある(建設中)自立を目指す人たちの複合施設。ご存じでしょうか。それを企画計画して、頑張っている奥田さん。ご存じでしょうか。私は何年か前に、「クローズアップ現代」でその人のことを知りました。牧師さんです。路上生活者に声を掛け、支援・援助に身を捧げている方。こんな人がいるのか、私はとても感動しました。

その奥田さんが、昨年、あの有名な暴力団「工藤会」の事務所跡に、自立支援のための複合施設を建てるという話を聞いて、「すごいなあ、ついにそこまでするのか」驚きを隠せませんでした。ケチな私なのですが、少しでも応援せねばと、クラウドファンディングに応募。気になって、いろいろと情報を取り寄せていました。

その奥田さんが大分市の教会でお話をする!というFBの情報を偶然目にしました。なんとそれは2月8日、選挙の日。そして日曜日。まあ忙しい日に講演が・・・しかも雪の日。

最近、甘えっぱなしではあるのですが、スタッフにわけを言って、いざ大分へ。

教会は満席でした。奥田さんのお話は、本当にわかりやすく、日本の現状を深掘り。学者としてもすごいと思いました。そしてユーモアと気持ちに刺さる言葉の数々。「共に生きていく」ことの大切さが身にしみました。

そして、記念写真を!!!

ね、素敵でしょう!! その暖かさが、にじみ出ています。目当ての本は売り切れ。

長くなりますが、興味のある方は読んでみてください。

奥田知志希望のまちプロジェクト推進本部 代表
認定NPO法人抱樸 理事長

人は独りでは生きていけない。これは「限界」を示す言葉ではありません。「人は共に生きることが出来る」ことを示す希望の言葉です。人である限り「助け合う」のは当然であり、「助けて」と言えることが人であることの証拠なのです。

なのに私たちは「他人に迷惑をかけてはいけない」と言い続けてきました。結果、常に背伸びをしながら「つらい」とも言えず、ひきつった笑顔で「大丈夫」と繰り返してきました。今私たちに必要なのは、人が「ただ人として」生きることが出来る場所です。背伸びをせず正直に「私」を生きることが出来るまちです。困った時には「助けて」と言えて、同時に「助けて」と言われる、希望のまち。誰かが「助けて」を聴いてくれたなら、自分は大切にされていると思えます。誰かに「助けて」と言われたなら、自分は必要とされていることを知ります。希望のまちは、「助けて」が飛び交う「人のまち」です。


困っている人を前に、「資格がないから」「条件が合わないから」「自業自得だから」と自分に言い訳をして、後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去った経験は、ないでしょうか。私たちは常に「断る理由」を考えてきてしまいました。「誰ひとりも取り残さない」希望のまちは、そんな方にとっても、誰にとっても、「希望のまち」となるはずです。

このまちの土台には、「救護施設」があります。この施設は「措置施設」と言われ、障害者や高齢者といった枠組みを超え、「困った人は誰でも入れる」施設です。様々な生きづらさを抱えた人、困窮状況にある人、そして孤立している人が救護施設に入所します。彼らは同時に希望のまちの住人となります。ここで多くの人と出会い、癒され、つながり、誰かを助ける人になっていきます。

そして希望のまちは、何気ない日常の場でもあります。困っている人を支えると同時に、そこには日々の暮らしがあります。希望のまちに生きる人は大きな家族となっていきます。出会いから看取りまでを包み込む時の流れの中にあり、誰もが住人となれる。それが希望のまちなのです。

困窮と孤立が深刻化する日本社会において、私たちは新しい「まちづくり」に挑戦します。より多くの方々の賛同とご支援が必要です。「かわいそうな人を助ける」のではありません。私自身にとって「あるべきまち」を創るのです。自分の物語を生きることが出来る。それが希望のまちです。そんなまちがこの世界に生まれようとしているのです。

どうぞ「希望のまち」にご参加ください。
そして、あなたご自身も希望のまちの住人となっていただければと願っています。

由布院 蛟龍窯

とある用事で、由布院の「蛟龍窯」(こうりゅうがま)さんの作業場へ立ち寄る。

Infoにも以前書いたのだが、蛟龍窯さんのコーヒーカップがとても素敵なのだ。そのカップでコーヒーを飲む至福のひととき。贅沢な時間だと思っている。

そういう話をご主人にすると、大変喜んでくれ、そこから思いがけない話に発展していった。

彼が湯布院に移り住んできたのは、私がオニパンを始めたときとほぼ重なる。この地(湯布院)を選んだのも、中谷健太郎さんたちが夢を持って湯布院のまちづくりをしていることに共感し、自然と歴史に魅了されて、ここで窯を始めようと思ったとのこと。そして自分が作る一つ一つの作品、この作品を通じて、倖せなひとときを共有できればとの思いを込めているという。

「林さん(蛟龍窯主催者)のカップは、とても造形が魅力で、カップの柄がとても握りやすい。そして軽くて、口触りがソフトで・・・」と感想を述べた。彼は、特に柄の部分は丁寧に作っていると話してくれた。「柄は手でつかむ所であり、そこが外れては困る。手をつなぐと言うことを意識しているので、柄はとても大事な箇所。」

林さんの作品への思いは、人と人が手をつなぐ、そんな世界になることを夢見ているとのこと。私はとてもショックを受けた。自分の作品をとおして、一貫したテーマで、祈りにもにた感じで、実践を続けている。彼はこんなことを言う。「オニパンさんもそうじゃないんですか。FBを見かけると、私と同じ思いを感じる。」エエッ!!

確かにそうだ。私もパンを通してみんなが輝けるそんな世の中になればなあ!と思ってきた。しかし最近は、経営が先に来て(当たり前だが)そういう思いがかすんでいたかも。

「SYMBIOSIS」と書いてある。この写真は、彼の個展の案内。その意味は「共生」。彼の願いはみんながともに生きていける幸せな空間、時間。ともに助け合う社会。アソシエーションとも言っていた。私と同じ思い。芸術家というのは、すごい。身を削り、突き詰めて、作品を作っている。そんな思いを込めて。

その話から、今の外国人への見方や平和が脅かされる今の現状、日本の方向性なども話がはずむ。とても有意義な時間となった。

2月です。寒さにめげず、がんばろう。

2月より、休業日が変更になりました。火曜日、水曜日が休業です。木曜日から月曜日まで塚原・別府両店は営業します。

実は、土曜日から日曜日にかけて大阪へ行っていました。スタッフのみんなに、ママに、ご迷惑を掛けながら。これは、大阪時代から一緒にいろいろとやって来た民舞・和太鼓集団の仲間が最後の公演をすると言うことで、以前から誘われていた舞台。人生の大事な節目として、何をさておき参加せねばと大阪へ。

懐かしい大阪門真市のルミエールホール。大ホールは1200人近くのキャパがある。私が参加していた「どっこい」は、この会場を3度ほど使って公演をしている。その会場で今回するという。果たしてそれほどの集客力があるのか。

すごい!満席。1階は座れないので2階席へ。そこも満席。大阪の民族芸能サークルの人たちが協力して作り上げる公演なのだ。大阪では40年前からそういう共同を作ってきた。それが今も続いている。

おかめ、ひょっとこ踊りをする中村夫妻。78歳と79歳。歌う大田さん79歳。

この年での踊りと唄。きっと、ゆるい、自己満の芸だとこの画像から想像するかも知れない。いえ!すごいのです!!プロです!!

20代から続けてきた民族芸能の集大成として、そして自分の人生の集大成として挑んだ舞台。感動でした。続けることの、その思いと鍛錬がハレ舞台を実現したと思います。

さて、私的な話で恐縮ですが、このInfoほぼ日記として書いていますのでお許しを。

30歳からスタートした「太鼓サークルどっこい」。その仲間たちがたくさん来ています。まるで同窓会。

ひとしきりの興奮が治まって、遅い夕食をとろうと居酒屋へ。今夜は門真パブリックホテルに予約している。本来であれば、打ち上げに参加するはずだったが、なぜか一人で食べようと。

思いにふけって食事しようと思ったが、その居酒屋で飲んでいる一人の男。それは、昔の知人。ナンタル奇遇。市役所の労働組合の役員だった藤田さん。

さすが労組の幹部。眼光が鋭い。てか、単に酔っ払っているだけ。藤田さんごめんね。勝手にネットにあげて。楽しい宴だった。

して、さらに私的な話が続く。翌日は娘の家へ。京都まで。

楽しみは、孫との再会。絵本もプレゼント。爺ちゃんとの再会に大喜びの孫。

一緒に散歩もしましたよ。