差し入れ

オニパンスタッフ現在7名。4名は短時間のパートさん。それぞれに個性と独自のパワーを持ち合わせた方々。勤務年数の長い方は塩手さんや若林さん。もう8年近くになるなあ。地元の方で以前お手伝いしてくれていた安形さん。最近またパートで頑張ってくれている。彼女は料理に精通していて、いろいろなものをお家で作ってはオニパンに持ってきてくれる。本当にお金をかけず、自分で育てた野菜や摘んだ野草を使った料理やオニパンで出た果物の皮や芯を使ってジャムなども作る。お菓子関係にもくわしくて驚かされる。

今回は焦げて少し味が微妙に違う餡子でぼた餅を作り、皆さんに一個ずつ渡してくれた。ぼた餅は私もママも大好物。いや~うれしかったなあ。

背中からパチリ。

一かじり。おいしい!!中の餅米もいい感じだ。ただ、残念ながら、食べた瞬間はおいしいが、後味にすこ~し焦げが残った。私は舌が敏感なのでそう感じるが、皆さんはおいしいおいしいと食べていた。

安形さんすごいなあ。何でも料理してくれるから。

「お焼き」レギュラー昇格

煮え切らなかった「お焼き」のポジション。以前、鳴り物入りでオニパンの陳列棚に登場したものの、振るわず、リピーターもつかず。マスターのしつこい味見にしっかり応えることも出来ず、ついに棚から姿を消した。

問題は生地にあった。米粉を湯種にしてもちっと感を狙ったものの、口の中でダマっぽくなる。口溶けが悪い。フィリングの豚野菜のバルサミコ煮はおいしいのに、生地が今ひとつ。マスターは自分が気に入らないアイテムはたとえ少数のファンがいても出す気にはなれない。それで、2軍落ちとなった。

これは、以前の「お焼き」の画像。おいしそうだが・・・・。

フィリングのバルサミコ煮がおいしいので、マスターは妥協して「ポークまん」という商品を出すことに。これは生食パンの生地を使い、普通に焼いて商品とした。今ひとつなのは分かっていたが、まだ口溶けは良い生地だったから。

なんとかせねばと言う日が悶々と続く。そしてマスターは立ち上がった。このままではバルサミコ煮に対して申し訳ない。ママが一生懸命考えて作ってくれた大事な作品。これを生かさねば。

生地をもう一度米粉湯種にもどした。とにかくお焼きに似合う「白焼き」でさらに米油で焦げ色にする方法は今まで通りに。油で焼くと見た目も味もランクアップするしな。一番の問題「口溶けの悪さ」改善のために、焼成時間をできる限り長くすることに。色がつく前に厚めの紙を上にかぶせさらに時間を稼ぐ。これをあこ酵母の社長は「神(紙)わざ」と読んでいる。こうしてできる限り生焼け状態を脱する。

こうして「お焼き」は最近またベンチに入った。

今朝、スタッフの川野さんがこんなことを口にした。

「マスター、昨日塚原でお焼きを買ったお客様が、すごくおいしかったのでまた別府店に買いに来たって言ってましたよ。」

ええっ!お焼きすごいじゃないか!その味が、人一人の行動を変え時間とエネルギーを使わせている。脳みそを一時的に支配している。前々回のミルククリームと本質的に同じことだ(Infoを読んでくれれば分かります)。

お焼きはもう以前の「お焼き」ではない。弱点を克服し、レギュラーの座を確定したといえる。ちょっとしたことではあるが、焼き方一つで変わるものだなあ。

とりあえず出来たぞ!駐車場

駐車場の拡張を試み、なかなかうまく行かなかった。そんな中、GWを迎え、昨日はお客様もどういう風に停車して良いものか困ったことだろう。駐車場のラインや車止めもなく、ただの広場みたいになっていた。このままではまた明日混乱するだろうと、コメリでトラロープと安いレンガを購入。突貫工事で夜に工事。なんとか出来た。

今まで通り道路より垂直に駐車してください。地面にトラロープを張っています。

奥の車はスタッフの車。この止め方で混乱が生じていた作日でした。奥に入れないように空中にトラロープを張っています。

見えますか、車止めです。一応レンガを埋め込みました。

自家製手作りの店、オニパンカフェでした。

心に残る味覚。たかがパンとは言えないなあ。

パン屋をやっているとどれだけ多くのお客様と接することか。早14年になるオニパンカフェは、多くのお客様という財産を持っている。それを感じながら日々パンを作る。

「おいしい」と言われると嬉しいものである。しかしその言葉は時として、こちらの予想以上の深みを秘めている場合もある。そんな場面に時々出くわし、心引き締まり、胸を打つことがある。

例えばミルククリームという商品で最近二つの出来事があった。

4人組の大学生が来店。そのうちの一人が話しかけてきた。「ミルククリームとか言うパン置いてませんか。」ニコニコと親しみのある笑顔で。私は「以前食べたことがあるんでしょ。」と聞くと、「ええ、子どもの頃に。」と答える。現在大学一年生で、小学校の頃に食べたと言うことなので6~7年前のこと。その味が忘れられなくて、友達を誘って、オニパンにやってきたわけだ。ミルククリームは子どもにとってそんなパンなのだ。

そんな出来事があってさらに昨日のお話。久しぶりのお客様がご来店。夫婦と子ども二人で。その夫婦を見て物忘れの酷い私ではあるが、とっさにピ~ンと脳裏によぎるものがあった。その夫婦はオニパンのファンで、開店してまもないくらいからのお客様。若くて、まだ子どももいなかった。そして、子どもが生まれたのだが、小学生になって白血病と診断される。食事もままならない状態。お父さんお母さんはさぞかし大変な日々だっただろう。その子が昨日一緒にオニパンにやってきた。忙しくてゆっくり話す時間もなかったが、抗がん治療で2年くらい闘病していたようだ。食べられない状態の中で、T君は「ミルククリームが食べたい」と言い、お母さんが別府店に買いに行った。そのことをほぼ忘れかけていた。お母さんが「うちの子は、ミルククリームとピーナッツクリームで育ったんです。」と私に言ってくれた。何か、胸にこみ上げてきた。

日々パンを作りながら、疲れはて、時間に追われ、惰性に流されることもある。でも、たかがパンではないなあ。

話が深い割に、画像が小さすぎる。ミルククリームは自家製です。その味と、パン生地の柔らかさが子どもたちに人気なのですね。