六度目、そして六十度目の新年、信念 №123

六度目そして六十度目の新年がやってきた。ろくでもない年とならないよう、また身動きとれずロックされた状態にならないよう、慎重に前向きに生きていきたい。
もちろん六度目はオニパンカフェの六度目であり、後者は私の生きてきた人生でという意味。
普通は、定年退職ということで、リタイアとか嘱託的響きの後半生が訪れるわけだが、私の場合、今年に限っては、そうも言っておれない年となりそうだ。

旧年は、けっこうきつい(今的には酷い)年だった。メガソーラーにひっぱりまわされ、静かでゆったりとした本来の塚原生活が、真逆に。
深夜まで続く会議や打ち合わせ、休みの日には議員さん回りや署名集め、市長さんとの懇談も2回したし、太陽光発電の設置会社とも交渉をした。
いつも住民運動のことを考えながら、(何とかせねば)との思いが暮らしの中で付きまとい、半ば病的な状況に。そんな深刻なものではないが、人間追い詰められていくと、睡眠にストレス度が現れる。いくら疲れていても、頭が冴えて眠れなくなる。
パン屋の労働をしながら、こういったことが続くと考えものだ。
とりあえず、オニパン横のメガソーラーが撤退してくれたので、なんとかなった。
しかし、現在も引き続き、塚原高原の玄関口であるリックスプリングバレー周辺での巨大メガソーラーの建設で、揉めている状況が続いている。

メガソーラー建設に関わっての対立の構図は「企業対住民」といった図式では表せない。
問題が複雑なのは「企業、行政、住民賛成派、住民反対派、議会賛成派、議会反対派」などといったそれぞれの絡み合いの中で問題が深刻化し感情的な対立にまで発展する。
住民説明会での異様な雰囲気、緊張感。
発言一つでこの村で暮らせるかどうかまで自己責任が問われそうな・・・。

静かで平和な暮らし、助け合い笑顔が輝く人間らしい世界。それを求めて塚原高原にお店を開いた私。リアルな現実と向き合いながら、どう解決していけばいいのか。
まさにオニ的な心と人間的な心と相矛盾するものが、どちらも含めて暮らしていける、人として輝ける場でありたい・・・塚原の昔話からお店の名を考えたことが、こんな形で今、私に迫ってくる。

解決のためのキーワードは、何か。
CSR(企業の社会的責任) 持続可能な社会づくり 住民自治  行政の公平性・・・
そんなことを考えながら。

2014年が私にとっても、お店にとっても転機となるべく良き年として進んでいけるよう
頭を打たれながらでも、前向きに頑張っていきたい。

厨房工事 №122

特定秘密にしているわけではないので、オニパンカフェの新たな展開をここで公開することにしましょう。しばらく書いてない折々帳ではありますが、書くことはたくさんあるのです。さあて何から書こうかな。オニパンカフェにとって、一番のビッグニュース、それは来年一月、私の誕生日に合わせて別府店をオープンすることです。
場所は別府駅にあるヤマダ電機駐車場に続く、北高架商店街のなかの一角。
ちょっと風変わりな、別の表現をするとアーティスチックな個性的なお店がある商店街。
オニパンもちょっと変わっているから、ちょうどいいのかもしれない。
冬の塚原は商売ができない。別府にお店があればいいなあと以前より考えていた。
村谷青果店での毎週一度の出張販売を半年続ける中、それなりの手ごたえを感じ、「よっしゃ、いっちゃえ~」てなことになったわけです。
そのためには、生産量を増やす必要があり、あらたにオーブンなどを購入ということに。
なるほど、これが巷で言う「設備投資」ってやつか。こういうことって、自分で経験して初めて、言葉が実感となるのですね。

以下厨房工事の様子をアップしましょう。
工事をお願いしたのは、蓑原工務店さん。この方は、オニパンのお客さまでもあります。
若くて、賢くて、明るくてと3拍子揃った方。その誠実な仕事ぶりや技術をまじかで見ながら、
同じ職人として学ぶことも多々。


厨房がかなり広くなります。屋根の上に乗っているのは、板金屋さん。とても楽しい人で、
話をしていると、家が別府の朝見だとか。私の実家のすぐ近く。趣味もバイクや釣りとかで、話が合いました。下の写真は、今話題の「ロケットストーブ」。実物を見たのは初めてで、私が「すご~い!ロケットストーブや!!」と感動していたら、あっさり「それあげますよ。」ってくれちゃいました。さすが板金屋さん。簡単に作ってしまうそうです。

ママは花好き №121

メガソーラーの話題が続いた折々帳。ちょっと緊張感・緊迫感がただよったブログに、読者のみな様もお疲れのことかと。私もこの間かなり疲弊してしまった。
「塚原高原にメガソーラーは似合わない!」ということで反対運動を繰り広げてきたわけだけれど、「じゃあ、何が似合うの?いったいどうするっていうの?」と尋ねられると・・・。
どっこい、そこのところも、同時に考えてきた私たち。うまくいけば、近々、その後の進展を報告することができるかもしれない。この問題を通じて親しくなった、新聞記者さんにお願いして、マスコミ発表も・・・あるかも。うまくいくことを祈っている。

今回は、久しぶりにお店のお話です。
オニパンカフェが力を入れているのは・・・パンづくり。それは当然なのですが、実は、パン作り以上に、力を入れていることがあるのです。
ただしこれは私のことではなく、ママのお話。
ママは以前はアンパンやカレーパンなど詰め物の小物パンを成形していました。
ヒロチャン(従業員さん)がスタッフに加わって、あんこ詰から解放されたママ。
今、力を入れているのが活け花です。
ママは若いころ職場の活け花サークルに入っていました。
大阪で暮らしているころより、家には、いつもきれいな花が彩りを添えていました。(部屋は散らかっているのですが)
塚原のお店を開店してから5年半。ママはいつも(毎週)お花を飾り続けています。
近頃は、その熱もさらに高まり、美的感覚に乏しい私でさえ、「おっ、きれいだな。」と思えるほどの力の入れようです。


毎週木曜日、湯布院の知人からお花をいただいたり、近くの草原から野草を採ってきたりして素材を収集しています。

これがメインの花です。いつも立派な花が飾られています。
花ごころのあるお客様が来られた場合、この花のことでいつも話題が盛り上がります。


各テーブルには、一輪挿しの花瓶に
かわいい野草が飾られます。
ネジバナ、ヨメナは近所で採ったもの。
手前のヒメリンゴは塚原の花好きのお客様からいただいたものです。

ハナニラは、湯布院の友人からいただいたものです。花瓶は塚原の「木屋かみの」さんの作品です。


トイレにも可愛い花がお待ちしております。

ぜひおトイレにも立ち寄って下さい。

晴れのち嵐か №120

塚原黒笠木地域のメガソーラー建設は、会社側が断念!
3新聞社(朝日、大分合同、西日本)が取り上げて報道してくれました。
この反対運動にご支援・ご協力・ご理解してくださった多くの方々にお礼を申し上げます。
署名もわずか一か月余で、2000筆近く集まりました。塚原を愛する多くの人たちの励ましに
私たちは勇気奮い起こされました。ありがとうございます。
現在市長選挙、市議会議員選挙が行われています。この選挙の争点の一つとして、湯布院など観光地の景観や自然をどう保護するのかという問題も浮上しています。
新しい市政の方向性として、景観条例などが新設されること願ってやみません。

オニパン横メガソーラー問題が解決したのは10月16日。
この日は「天にも昇る」といった形容詞がぴったりの、ふわふわとしたおだやかな空気に包まれた幸せな一日だった。
ともに運動した「同志」の皆さんに連絡するたびに喜びも「倍返し」みたいな状況であり、お世話になったかたがたへのお礼も苦にならなかった。

人間って「気持ち次第」なんだと思う。16日から約1週間、ほっとして安堵して、幸せな日々を過ごした。
それが昨日、状況が一変。
仲介をしていた(ブローカー)人物が、建設予定地を徘徊しているのを偶然目撃した。
そして、何をしているのかと問いただすと・・・・。

不測な事態ゆえに、勝手に幸せになれていた自分。
だから考えようによっては、最悪な状態でも、気持ちを明るく持って、問題に対処することもできるはず。
落ち込まないようにしようぜ。

オニパン横のメガソーラー問題は、どうなっていくのか。ここで詳しくは書けないけれど、引き続き対応が迫られている。

自分が試されるとき№119

人生には何度か転機が訪れる。もしかすると、今がその転機かもしれない。
振り返れば、今までも何度かそれは訪れた。
思うに一度目は学生時代。このままでの自分では生きていけない。コンプレックスからの解放。自己変革。
そして、多分二つ目は、・・・・・。
そして三つ目は、大阪時代の経験から、今後の生活は塚原でパン屋としてやっていく。
これで終わると思っていた。
人生は自分の力で自分のために切り拓いていく、そんな考え方が中心になっていた…様な気がする。
どうせ生きるのなら、言い換えればどうせいつか死ぬのなら、こうやって生きていきたい!みたいな感覚で、しかし他人のことも考えながらみたいなことも付加して。
ママは還暦になった。恐ろしことだ。それは、順番としては、自分も4か月後に還暦となるということだ。
早いよね、人生は。きっと10年って今までより早くやってくるに違いない。すると70か。
若くしなやかな体だった俺は、今、体が硬くなり、歯も傷んできている。
パン屋の12~3時間労働は、確実に俺の体を蝕んできている。
このままでは、あと十年はもつはずもない。

こんな時に、メガソーラー問題が持ち上がった。
8月の終わりから、休みのときは、文書をつくったり、交渉したり、雑務に追われまくり状態が続いている。普段使ってなかった頭脳の回路が、恐ろしい速さで動くもんだからパニクルことしかり。寝ているときも自然と考えるから、夢にまで作戦会議が。おかげで、睡眠パニック。
お薬の力で、今は寝ている。

塚原は人が少なく、シカやイノシシなど自然の生き物が多い。お隣と言えば、大体2キロ先くらいまで、そんな土地柄。
しかし、メガソーラーが持ち上がった時、翌日30名もの人がオニパンに集まった。それから、頻繁に人との交流が始まった。それは濃密な!
大阪という大都会でも、今ほど強烈な近所づきあいをしたことがない。
成り行きで反対する会の代表になってしまったことから、マスコミとの対応や事務局の仕事、その他、他地域での困った方への援助の活動など、たくさんのお仕事が噴出している。
大変だが、濃い、濃い人間関係。
他人のために動かざるを得ないポスト。これって、ここまでやらなくてはならない状況になったことがあったのか。多少は、あった。でも今ほど、自分が試されているときはなかった。
自分が転べば、みんな転ぶ。やばい状況だ。

お店の方もしかり。今のままでは、オニパンを継続することはできない。自分が転べば、翌日から、お店はストップする。もちろんママが転んでも一緒だが。
これも、時間の猶予はない。

転ばないようにするために、転機が訪れるのか。
多少の転びは、人生にとって大切なこと。
しかし、立ち上がれないような転び方(倒れ方)は、まずい。
生きていくために、今の自分では生きていられない状況が訪れる時、転機に出会うのか。
転機とは、自分を新しい自分に変えていく時のこと。
新しい段階に入ったという事か。人生のらせん階段。