新年明けましておめでとうございます。折々帳が少々出遅れました。すでに11日。新年になったというのに、面白くないことが世の中たくさんあって、なかなかめでたい気分になれない年が続いています。なかなかテレビが見れないパン屋のブラック労働状態ではありますが、それでも朝ドラ「べっぴん」だけは見続けています。もちろん録画ですが。朝ドラは出勤前に見るドラマなので、夢や希望にあふれています。明るい気持ちで仕事に向かわないとやる気がでないですものね。しかしドラマの時代、戦後昭和は、貧しかったのですが、希望にあふれていましたねえ。その背景、バックボーンとして、「憲法」がしっかり存在していたからだと思います。すべての法律は「憲法」の下にあり、「憲法」が最高法規なのだと、正論が通っていました。現実は、不平等で不公平で無理が通れば…みたいな状況はありましたが、それは正していく過程の問題なのであって、いずれは憲法が描く法の下に平等な、すべての人権が豊かに保障される世になっていくのだと、信じていたみたいなところがありました。「15の春を泣かせるな」という高校全入運動、「60歳以上医療費無料」「義務教育無償」の運動、あげればきりがないほど憲法の精神を実現する運動が各地で多方面で行われていました。「憲法を暮らしの中に」をスローガンに京都府は長年、これを行政の柱として活動していました。
人々を大切にしない流れ、人権を尊重しない流れが当たり前となり、すべてが力の強いものの利益につながる方向で政策が決定されるシステム。そういう流れが強まっているように思えます。9日のゴールデングローブ賞の授賞式で女優のメリルストリープさんが話されたスピーチは衝撃的でした。時の最も権力ある者(トランプ氏)が、障害者の真似をして、障害のある記者を批判する、その非人間的なやり方に強く抗議をする内容。映えある授賞式で、少しこわばった表情で、まさかといった内容を、話すメリルストリープ。その勇気に呆然とし、静まり返る会場。「軽蔑は軽蔑しか生み出しません。暴力は暴力を煽ります。国で一番力を持った人が、それを当たり前にやると、みんながそれを当たり前にやるからです。」といった内容の話でした。それに報道は黙ってはいけないと続けていました。静まり返った会場は、その後共感の大きな拍手で包まれます。
今、日本に広がっている、人々を大切にしないあらゆる流れ。それに抗って生きていかねばと感じる出来事でもありました。
硬い話から入るのが折々帳の恒例かな。私自身の高齢化もあるのかな。年とともに人の情に涙もろく、世の不条理に腹立たしくなる私。できる限りこの「折々帳」は、率直に本音に近く、書いていきたい。たとえ、読む人がどう思うとも。これが私なのだと等身大で。
1月2日。母の墓参り。2011年4月2日没。東日本大震災の後でした。



1月3日。一人で大分百山に指定されている「小鹿山」(おじかやま)に登頂。ガイド本で頂上まで50分となっているのを30分で登頂。何が言いたいのかって。きっと自慢でしょ。頂上から別府の町が見えました。大分方面から見ると、鶴見山の前山として見えるそうです。
1月5日、熊本の山鹿町にママと行きました。昨年は熊本城へ行きました。その後4月地震で大変なことに。今回は、温泉と地震の被害の大きかった益城町に行くことにしました。温泉はとても良かった(写真の人物は知らない人)。料理も良かった(私の場合、安いわりに美味しいという意味)。
この昼ご飯以降、写真でもお分かりのように、運転はママ。私は湯布院に帰り着くまで車の中で酒宴でした(益城町の見学が終わってから)。
写真はたくさん撮りましたが、少しだけ載せときます。住民の方とお話をしましたが、地盤が落ち込んでいて、湧水がたくさん出ていて、土地がだめになっているとのこと。未だに復興は遠い感じでした。更地が広がっていて、ここに倒壊した建物があると想像すると言葉が出ない悲惨な状況だと思いました。
湯布院に来ていただいたお客様の支援を思い出しながら、遅くはなりましたが、精いっぱいお金を落とそうと買い物に励みました。
1月7日。新年の営業スタート。ぜんざいをふるまいました。天候は今一つでしたが、お客様はたくさん来ていただきました。昨年の地震の体験から得たたくさんの思いを大切にして、これからも頑張っていこうと決意を新たに。
1月10日。8日に誕生日祝いとして、何と、ロードバイクをサイクリストさんたちからプレゼントされました。オニパンを大切にしてくれているサイクリストさんたちが、パーツを持ち寄って組んでくれたバイクだそうで。身に余るプレゼントにどうしたものかと・・・。みなさんの思いにお返しするためには、やはり乗るしかない!!10日散髪を兼ねて、別府まで乗ってみました。久しぶりに乗る自転車。しかも慣れていないので、ブレーキの使い方も難しく、腱鞘炎になっている両手親指が辛い。散髪終わって、今度は塚原へ。登りがメインの道。こ、こしが・・・。その日の午前中、穴掘りをしていて(ゴミ捨て場をつくっていた)、腰が痛くなっていた。
ビーコンプラザ近くの散髪屋をスタートしてミョウバン温泉まで来たとき、腰・肩・指がやばい状況に。仕事ができなくなるとまずいと判断。あっさりと断念しました。そして、ミョウバン温泉に。湯元屋さんへ。
痛い体に、感動的に染み入るお湯。熊本に続いて何といい思いをさせてもらえて。
お風呂からあがって、岡本屋へ。めんたまうどんとビール。う、うまい~!!味というよりこのシチュエーションが良すぎ。えっ、自転車はどうなるのかって。もちろんこんな時は頼りになるママがいる。
夕暮れの由布の山並みを観ながら、心地よい疲れと酔いのまわった体にしあわせを満たして。いい年明けだ。がんばります。

試作初期段階では、こんなララ・フランスもありました。これを私は、「マンボウデニッシュ」と読んで、自嘲しています。味も、悪かったな。



これらの写真は、12月21日の作業の場面。この時も、由布院の「原っぱカフェ」の方々8人、そして我がハッピーファーム関係の人5人、総勢13人で取り組みました。天気も良く、中高年ばかりのハッピーファーム関係の人たちは、「原っぱカフェ」の若い力と明るさに、元気をもらいましたね。
最後に、オニパンのかわいいパン小麦たちの「麦踏み」もしていただきました。今年こそ、パン小麦を最後まで育てるぞ~!!
左より、別府店若林さん、新スタッフ川野さん、チーフ清家さん、マスター私、坂口君、ママ。塩手さんは急用で参加できませんでした。これからのオニパンカフェ、どうぞよろしくお願いいたします。

これは、塚原温泉上の火口。乳清色の地獄が眼下に見える。見学料(たしか500円か)を払わなくてもしっかり見れる。
いかな。この写真の右側が塚原高原、左側は別府湾側。この場所でガスを見るとおもしろい。何がって?伽藍岳から鶴見山へと続く山々が壁となっていて、別府側と塚原側をくっきり隔てる。別府側はガスって曇っている。しかし、塚原側はガスもなくよく見えている。内山や蔵かど岳は本当に薄っぺらく壁か屏風のようだ。まさに壁一枚隔てて、塚原と別府はある。しかしその壁一枚で天気がまったく違う場合もあるわけだ。今回の登山はそのことがよく分かった。

西峰からは塚原高原が一望!こんなに全体がすっぽり眺められるところはない。そんなにハードではなく、登り1時間半、帰り1時間程度。身近に素敵な山があるんだなあ。井の中の河津でした。
興味・関心のない人には、この作業記録は退屈かもしれませんね。大分県農林水産研究センターの研究員さんから、しっかり記録を取ってくださいとのご指導もあり、合わせて昨年の挫折から、心機一転・捲土重来の気持ちを込めて、書かせていただきます。
畦ナミという短い波板を鉄柵の周りに敷いていきます。端は鉄柵に針金で固定します。たぶんアナグマたちは鉄柵の下を掘って中へ入ろうとするでしょう。しかし、波板があって掘れません。手前から掘って、鉄柵の下をくぐれば入れますが、それはモグラでないので、そこまでしないのではと思います。そしてこの上に、ネットも敷きました。掘るのに、足に絡んで嫌がると思います。

こうして畦立てが終了。
鉄柵張りの次は、畑の準備。今回は、若者はいず、高齢者ばかり4人で。2トントラック2杯の牛糞を約2反の畑にまきました。1反は300坪約1000㎡。これはつらい。軽トラにスコップで牛糞を積む——この作業が・・・腰にくる~。これは若くないとできない作業だと認識。小さなパワーショベルみたいな重機がほし~い!4人がへとへとに。

こんな感じでもくもくと。2000平方メートルは広いね~!!😭
休憩のお菓子がおいしく感じましたねえ。
牛糞をまき終え、次に石灰をまきました。そして最後に化学肥料もまきました。とりあえず今日はここまで。やく4時間の作業。腰は大丈夫かな。
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