ホームページリニューアル 新しい年へ

折々帳は2カ月ぶりの更新となる。ホームページが壊れて、自分で立て直そうとあがいてきたが能力と時間が伴わない作業に終止符を打った。今までもお世話になっていたユフインスタイルの笠井さんにお願いしてホームページを作っていただいた。私の無茶?な要求にも笑顔で対応。想像していたものよりはるかに上を行く能力のホームページに感心している。自分の限られた知識・世間の狭さを思い知った。餅は餅屋というが、パンはパン屋でありITはIT屋。いろいろと専門分野の方に教えを乞いながらこれから生きて行こう。

さて、毎年新年にあたって目標なり抱負を語ってきた。長くなると読者様にもご迷惑になるだろうし、せっかく高い能力のホームページを手に入れたのだから、写真を多用してこの2か月のことをアップしたい。

DSCN319512月8日。ゆふいんラヂオに出演。そこで「そのだハッピィファーム」のパン小麦の夢を語る。お隣はスターサウンドコンシェルジュのシンタロー・コウノさん。

DSCN322612月31日。3年くらい前からママに依頼されていたコーちゃんの夜のねぐらゲージ囲む家具をやっと作成。その上にリサイクルセンターで3年前に購入していたミニ箪笥を載せて、仕事に使うタオル類などを収納。これで少し部屋が片付いた。

DSCN3215DSCN3216それに先立つ12月21日。オニパンのあんこを使ってぜんざいを試作。スタッフと味見大会。このぜんざいはその後、1月2日のソノダハッピーファームグループの新年会、オニパン新年度の開店日など3度行事に使われる。

DSCN3227DSCN3229 DSCN323112月31日。息子夫妻がやってきたので、NPO「いなかの風 ほおのき」のYさん(以前からのお客様)からいただいた、手作りビールを開けて飲んだ。自分たちでいろいろな農作物づくりに挑戦しているYさんたち。大麦を育て、その麦を使ってビールを初めて作ったそうだ。味は、「本物」。だって酵母が生きているから。少し酸っぱくなっていた。でもうまい~!。ビールも発酵食品。飲み時がある。

DSCN32361月1日。新年。ソノダハッピーファームの様子。いい天気だ。12月26日ごろだったか、大変ショックな出来事が。毎日コーちゃんと畑の様子を見に散歩に行っている。その朝、小麦を見ると・・・・。10センチほどに育っていた小麦が、全て1センチほどの長さに、バリカンで刈り取られたように見事に・・・。畑には無数の足跡。ネットの一部が緩くなって、そこからたくさんの鹿が入ったようだ。一晩で、これだけの小麦が・・・。この数カ月の苦労も一晩で・・・。新年の幕開けは、ここからのスタートだ。オニパンカフェも今年の一年は正念場となる。何事もすんなりとうまくいくことはない。現状からのスタート。いつもその現状の問題点を分析し、改善策を考えていく。私は苦しいとき、前を見ない。足元だけを見る。自分のできる範囲で前に進む。前が見えなくても進むことができるのが大人だと若いころ教えてもらったことがある。

DSCN3241DSCN32471月6日。熊本へ。ママが行ったことがないというので休暇を使って一日小旅行。熊本と言えば…あんまり名物がないようで。結局、熊本城・いきなり団子・辛子レンコン・陣太鼓。

DSCN33121月30日。タイのタッくんがやって来た。タッくんはオニパンがスタートして1年目の初アルバイター。当時APUの学生だった。学費も生活費も自分で稼いでいた。3月のまだ寒い朝、おんぼろバイクに薄着でオニパンに。震える彼に私の服をたくさんあげたことを思い出す。タッくんは一年間オニパンで働いてくれた。いろんな思い出がある。疲れ果てて、ミキサーの横で二人して居眠りしたこともある。左の女子は妹さん。現在APUの学生で今春東京の会社へ就職とのこと。彼女の学費もタッくんが工面していた。タッくんは27歳。お隣の女子はタイ人の彼女。一か月後に結婚とのこと。そういえば、タッくんのコンサートライブにAPUに行った時、そこで食べたタイカレーがオニパンのタイカレーパンのヒントになったっけ。オニパンも少しずつ歴史を感じるようになってきた。

DSCN3326DSCN3328今年一年の抱負。それは端的に行って、商品開発・販路拡大はもとより、なんといってもお客様にとって、オニパンに出会えて良かったと思える、そんな仕事をしていきたい。現在ワタナベデザインさんに新しいチラシを考えていただいている。その中で思ったこと。オニパンの特長っていったい何。素人の私たち(マスターとママ)が、おいしいパンを目指して、常識にとらわれずにさまざまに考え工夫してきたってことかな。道具、原材料、レシピ、お店づくり・・・。自分たちでいいと思ったことを実践してきて、現在がある。既製品ではなく「自家製」へのこだわりっていうか。

今年もオニパンカフェをどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

オニパンスタッフ紹介&忘年会 №155

オニパンスタッフ6名で12月5日に忘年会をした。
別府店を始めて、パートの方2名と正社員の2名含め多人数となってきたため、忘年会という形で交流と慰労をかねて昨年より開催しだした。

オニパンカフェも気が付けば8年目を走っている。
別府店開店に伴っての従業員さんの複数化は、大きな変化をオニパンにもたらした。
小さなパン屋で2名も正社員を抱えることはとても大変なことだけれど、これは現在のオニパンにとってどうしても必要条件なのだ。

●ママも私も高齢化。開店当初の16時間労働はもう無理。腰や足もガタがき始めた。
労働時間の短縮が先ずは持続可能なお店の継続条件。

●塚原店のお客様の増加とニーズの多様化。20種類くらいからスタートしたメニューも今は 50種類近くになってきた。通販も結構多くなってきた。パンの生産量も増やさねば対応できな い状況。

●目前のパンづくりにのみ時間をかけるのではなく、新しいメニューの開発やお店の在り方  等、将来を見据えた経営も重要になってきた。

従業員2名の体制になって一年八ヶ月。明らかな変化が見えてきている。
それというのも、基本的には従業員さんやパートさんらの努力のおかげに尽きるのだが。

そこで、もう顔なじみかも知れませんが、改めて簡単にスタッフの紹介を。

清家由里さん
オニパンに突如現れた「神様からの贈り物」。と私は思い続けていました。
別府店開店当初の大変な仕事を、採用したての時期より淡々とこなし、黙々と働いています。ハードなケーキ職人として3年の実績があり、さすがにデニッシュは繊細で美しい。
以前 「窯ガール」と紹介しましたが、相変わらず製造の中心的な部署を担当してくれています。
多くを語らず、「職人気質」のかわいい子です。

坂口琢哉くん
21歳のフランス帰り。新進気鋭。ちょっと書きすぎかな。料理界の「東大」と言われる辻調で 学び、フランスで修業もしています。現場で実際に大切なことは「行動・実践」です。坂口君は 仕事が早く、黙々と働きます。器用で成形も上手。言われたことをその通りこなすだけではな く、自分の頭で考え消化しようとする態度もいいと思います。
さまざまに経験を重ね、人間的な魅力を磨いて行ってほしいと願っています。

塩手泰代さん
たまたま、オニパン別府店のご近所の「メロディ」で働いていた塩手さん。その施設長さんが私の高校の先輩というご縁もあり、「とてもいい人がいます」と紹介してくれた方が塩手さんでした。塩手さんは、とてもまじめで、採用の前よりすべてのメニューや単価を記憶し、働きだしてからも別府店のさまざまなところに工夫をしていただきました。
もう2年になります。別府店の「主」的存在かな。

若林安子さん
一番新しいスタッフさんです。しかし人生のキャリアでは一番上。団塊の世代で、なんといってもそのたくましさや社交性は頭抜けたものがあります。若林さんは、人生を楽しんでいるなあと思わせますね。若いスタッフの多いオニパンの中でそのキャリアが役に立つと思います。
しかし、エネルギーは全く若者に負けていませんねえ。
忘年会でも一番しゃべっていた感があり。

福万山は眺望良し!№154

福万山(ふくまやま)1236m。12月1日、3度目の登頂。今回は青少年スポーツセンターに車を駐車(300円)し、登山口を目指した。
以前2回は、東急のゴルフ場から登った。
ブッシュだらけで、展望が開けるまでに三分の二がブッシュ道。自分の背丈か、それ以上。
しかし、今回は初めより快適な登山道だった。
どうも今までの道は正式ではないようだ。


なだらかで、展望の良い登山道。
最終の登りは多少きついが、それでも景色の良さが疲れを飛ばしてくれる。

青い空。清々しい空気。
心も洗われる。


驚くべきススキの原野。延々と続く。
水墨画のような濃淡で山々の稜線が描かれ る。


ほぼ4時間ほどの行程だった。
福万山の頂上から見える展望は、
おそらく湯布院一。
360度の眺望は、由布市の名だたる山に終 わらず中津の周防灘まで見通せる。

「由布市の隠れた名山」と言われる所以だ。

ついに、やっと、念願の、薪小屋ができました。№153

塚原暮らしに欠かすことのできない薪ストーブ。そのために、欠かすことのできない薪。その薪をつくり、蓄えておくために必要不可欠な薪小屋。
その薪小屋が、ついに、やっと完成した。

思えば苦節7年。
私のような、小学生的レベルの日曜大工嗜好者にとっては、塚原暮らしに必要な様々な技術・ノウハウはなかなか身に付けるに至難。
塚原在住の知人「トミさん」は、以前より憧れの人であり、尊敬の対象。というのも、自分で何でもできる人で、家を建てるぐらい朝飯前みたいな感じの方。
そのトミさんに、いろいろ教わって少しずつ、チェーンソーなども使えるようになってきた。
しかし、必ずやって来る冬に、薪ストーブで完璧に対応することは、いままでできなかった。
それは、薪づくりも含め、薪小屋がなかったからだ。
薪をストックする場所が狭いうえに(薪だな)、チェーンソーもすぐ切れなくなり、薪づくりをあきらめることを繰り返していた。

しかし、今年は、今までとは状況が一変。
オニパンの従業員である坂口君の知人が玖珠町で「カネヤス」という、チェーンソーのメンテナンスや農業機械の取り扱いなどをしている。そのカネヤスのオーナーがまたとても親切な方で・・・。というふうにして、我が家のチェーンソーがよみがえり、とんでもなく切れ味抜群の代物に生まれ変わってしまった。
チェーンソーの使い方も一から教えていただき、一体今までどうしてあんなに苦労していたのかというような状況になってしまった。
面白いほどによく切れる。

さて、あとは、薪小屋なのだが。
薪小屋は、いぜんより使い勝手を考えて、設計図を頭の中で考えてきた。
そして、費用もできる限り節約して、安づくりにしようと。
見た目は、私の大工技術では、どうあがいてもパッとせんことはわかっていた。
しかし、使い勝手は一工夫できる。
生活が便利になるという喜びは、本当に代えがたいものがある。
仕事場においても、いつも一工夫を考えている。いい考えが思いつくと、夢中で製作に没頭してしまう。
人間って創造する喜びは、「人であるための土台」では、って気もする。
前置きはともかく、どんなものになったかご紹介を。

「うわー、かっこわりー」と言わないで。
正面向かいまして左は、雨に当たらないようにして、いろんなものを置けるスペース。現在は切れてない枝など置いている。真ん中と右は薪置場。特筆すべきは、下に台車など突っ込まれる場となっている。


この薪小屋は、2層(手前層と奥層)になっている。実はこれが私が一番気に入っているところ。こうすると便利なことがある。

棚が増えるので、たくさん薪を置くことができる。
風通しが良くなる。


こんな風にして、通路があるので、一輪車などを入れて、薪を運ぶことができる。

雨の日などとても便利。

これだけの小屋、材料を拾ったり、
もらったり、買ったりで紙一枚でできました。

さあ、来い!冬よ!

って思ってたら、昨日とても寒かった。
それで、今年初めての薪ストーブ点火!!

うわー、あったかい!!
外は7度、部屋は25度に!!

リー君、ちゃんと定位置に。

朝起きて部屋の温度は何と21度!
外は4度。
ストーブの火を消して寝たのに。
薪ストーブはすごい!!

エコで、心にも優しい。
電気代しんぱいしなくてもいいものね。

パン屋の休日 大船山へ №152

11月11日,人生二度目の大船山(たいせんさん)へ。
一度目は、高校生の時。阿蘇野方面から登った。重い荷を背負っての登山だったので、しんどかったことしか記憶に残っていない。
今回の山行きには、いつもお世話になっている上田家具製作所の上田さんと同行することになっていたので、ぜひとも行きたいと思っていた。
さらなる楽しみがもう一つ。
それは、登山口までバスで送迎するという、竹田市の観光ツーリズムの取り組みが新たにスタートしているとのこと。
それを使うと、2時間早く頂上へ。

朝、いろいろとトラブルがあり、待ち合わせの9時半(竹田市パルクラブ)に到着できなかった。上田さんは一人で登山バスで登山口へ。大変申し訳ないことをしてしまった。
しかし10分ほど遅れてパルクラブに到着して、上田さんに℡すると、なんと運転手さんが
私たち二人のために、もう一度パスを運行させてくれると・・・。
親切な運転手さんのおかげで、遅刻した私たちも登山バスに乗れることになった。

大船山の登山コースは主に3つか。一つは、前述の阿蘇野より黒岳を経由して(これが一番きついかな)。二つ目に坊がつる(キャンプ場)より。そして3つ目が竹田市側から。
竹田市側は、岳麓寺(がくろくじ)登山口から登るコースで、全長3時間半かかる。
今回利用する登山バスは、岳麓寺コースの途中までバスで登れるわけだ。
下車するのが、岡藩(竹田市)3代藩主、中川久清の墓、入山公廟(にゅうざんこうびょう)の近く。そこから山頂まで約1時間半。
これは、楽ちん。しかも、無料。

登山バスは、来年は、春から運航の予定か(今年大人気だったそうだ)。


心配をかけたにもかかわらず、暖かく出迎えてくれた上田家具製作所のオーナー。

ザック、服装等完璧にコーディネートされた、
すてきな山男。

ここから、いざ山頂へ。

登山道は押しなべて、歩きやすく、特に難所はない。葉の落ちた木々の間は、明るく眺望もよく、快適そのものだった。

岡藩3代藩主、中川清久の墓へ到着。


今後、この墓は整えられ、観光名所として位置付けられるようだ。

「日本一高いところに眠るお殿様に会いに行く」ツアー。


お墓から見える景色。


とても、歩きやすいコースだった。
私は、腰痛が心配だったけれど、問題なく頂上制覇。ママは体調が悪く、しんどかったとのこと。表情も、今一つ。


頂上から。下に見えるは、坊がつる。正面には、九重の連山が見えている。


これが、登山バス。
とても親切な運転手さん。
お世話になりました。

このコースは、お子様連れにもおすすめ。

いい汗をかいた山行きでした。