八周年 №163

八年目の6月28日がやって来た。年を取ると一年が本当に早い。7周年よりこの一年間、振り返るとやはり前進している。変な書き方だが、7周年の折々帳を読み返すと、その前年からの前進面が書かれていた。「努力すれば、必ず進歩がある」という言葉はやはり当たっているなあ。

7年目からの一年間は、オニパンの質的な変化があった。今まで蓄積してきたものが、新たな質へと転化した。

160110_onipain_a4_pamphlet_4olオニパンの質的な変化をまとめたのが、このリーフレット。このリーフの表紙に書かれている言葉『「自家製」へのこだわりに おいしさと愛が 込められています」とある。この言葉に8年のオニパンが集約されていると思う。

オニパンの経営の体制がママ、マスター、二人の従業員さん(清家さん・坂口君)、別府店(塩手さん・若林さん)と整い、皆さんまじめで前向きに頑張ってくれている。技術も上達し、仕事も慣れてきた。そういうお店運営の基盤が安定してきた(経営面はまだまだですが)中、次に浮上してきた課題が、質的な面。オニパンにとって何が大切なものか、と考えた。そしてたどり着いた答えが「自家製へのこだわり」だった。

カレー、餡子、カスタード、デニッシュのフルーツのコンポート、ジャム、ポテト、ベーコン、黒豆、メロンパンのクッキー生地・・・など手作りをしている。ずいぶん手作りの種類も広がってきた。作り方も絶えず変えて、よりおいしいものを目指している。いわゆる普通の主婦感覚。自分で食べるものはよりおいしく作りたいのが主婦。レシピはどんどん変化する。

8年目の一年間はそれにとどまらなかった。それは、ソノダハッピーファーム(近くで農地を借りて農園を運営している)での野菜作りが始まったからだ。玉ねぎ、サツマイモ、ジャガイモ、小麦、果樹(イチジク、リンゴ、ブドウ)などに取り組んでいる。DSCN3949昨年イチジクのコンポートを初めてやってみたが、とてもおいしかった。買うととても高い。当然デニッシュの価格に反映する。安くおいしいイチジクが手に入ったらと強く思った。リンゴも高い!塚原でリンゴが取れたら夢も加わる。一石二鳥!それで、果樹も取り組もうと計画。

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DSCN3795左写真(白イチジク) 右写真(サン津軽)

小麦は岩手県農産物改良種苗センターより「ゆきちから」と「銀河のちから」の種を購入し12月に種まきをする。しかし、一月後にシカに食べられる。ショック大きすぎだった。けれど、その後も少しづつ、育っDSCN3942た小麦たち。このほど実をつけた。

これは「銀河のちから」

DSCN3943これは「ゆきちから」 刈り入れ・脱穀・製粉が課題。

そして、赤鶏購入。可愛い娘たち。3姉妹。たくさん卵を産みだしたら、カスタードの材料として使える。DSCN3874

これらオニパンのオリジナリティーが、これからの9年目に根付けるように努力するのが目標になるかな。畑については、抜本的な害獣対策が必要となる。9月頃に5千坪の農地を鉄柵で囲う計画をしている。てーへんだ~!!9年目の活動として必要になることは、健康と時間と経費。サポーターを考えないと難しいなあ。

2016/ 6/28 18:08

2016/ 6/28 18:08

6月28日の夜、ささやかなお祝い会をママと二人で。行きつけのラーメン天国さんで。

 

 

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帰って、お祝いにいただいた「塚原 鬼ぱん」という名前の純米酒をロックで飲む。

9年目の夢が心地よく広がっていく。この間の地震の支援を含めて、たくさんの皆様の支えでここまでやって来れた。ママ、スタッフのみんなで、誠実に仕事をやっていきたい。

 

農業従事者としての日々…雑感

昨年3月農業従事者として市に登録された。借りた農地は6反、約1800坪。どれほどのことができるかは未知数。自分のパン屋としての暮らしから考えるとは、たいしたことはできないだろう。だから、何か野菜をつくってみたいなあ~とか、ちょっと土に触れてみたいなあ~とか、果樹を植えたいなあ~とか、農業を通じて交流をしてみたいなあ~と思っている人が、気軽に使える場所として活用できればと考えた。ほんと親切な地主さんの名前を借りて「SONODA HAPPY FARM」(ソノダしあわせ農園)と命名。現在、ちょこっと参加も含めて5軒8名でやっている。ちなみに参加条件を付記する。あんましきちんとしたことを考えていないが(会員が増えれば必要となるだろうが)現在のところ、使用面積は好きなだけ(自分で作れる範囲)、使用料は無料、鉄柵代金については、一部負担。それくらいか。この夏以降に本格的に鉄柵で農園を囲む予定。市が費用の8割を補助してくれる。

DSCN3773ハッピーファームの一部写真。DSCN3780大森さんです。雑草も手で一本一本抜いていく方。毎日のように野菜のお世話を欠かしません。博学で、なんでも知っている方。

昨年実績として、安川さんがオニパンの店先で野菜を販売。安くて無農薬で大好評だった。大森さんも葉大根を販売した。彼は大変熱心に野菜作りをしていて、今年はたくさんの野菜を販売してくれると思う。この二人が主力メンバーだ。私たちといえば、昨年は小さなサツマイモ、やせたニンニク、一晩で食い尽くされた(鹿たちに)小麦たちが実績。

DSCN2982さて、今年のハッピーファームはどうなっていくのか。今年一番の変化は、果樹を植栽するということかな。安川さんが主導して、苗を購入。手を付けていない上半分の畑に、ブドウ・リンゴ・イチジクの苗を植えた。DSCN3585DSCN3593私としては、昨年好評だった白イチジクのコンポートやアップル系のデニッシュが自家栽培のものでできればという願いがあった。イチジクはうまくいくだろうが、リンゴはどうなるか・・・。でも楽しみだ。種類は、フジ、津軽、王林。

DSCN3781これは、オニパンのカレーに入れるための玉ねぎたち。まだまだ土が豊かでないためか、小ぶりになった(そろそろ収穫)。写真にはないが、ジャガイモも作っている。ベーコンポテトフランスやジャガチーズに入れるポテト用。これは結構育っているので楽しみ。

さて、今回折々帳で一番ご報告したかった事は、我が家に新しい家族が仲間入りしたことだ。それは3羽のニワトリさんたち。この子たちは、オニパンのカスタードの卵を分けてもらっている、湯布院の河野養鶏からやって来た。わが家族猫のリー君と同じ実家だ。この娘たち(メスだ)は、まだ5~6か月。人間でいえば高校生くらいか。つやつやとした肌。軽快に活発に動き回る。しかし人間に対して非常にフレンドリーな感じ。私が鳥小屋の近くにやってくると、畑で遊んでいても、跳んでやってくる。かわいい!

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鳥小屋も手作りで作ってあげた。暗くなると勝手に入っている。

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3羽の娘たちの性格もそれぞれだ。勇気あるリーダー格のトモ子。リー君が、やって来たニワトリを獲物として盛んに狙ってきたが、ビビらず、30センチの至近距離まで追い詰められながらも、リーと向かい合い、声をあげ、にらみつけるトモ子の気迫にリーもそれ以上近づけずあきらめた。私は感動した。トモ子は会った初日、他の子と違って、一番に私に近づき、私の手から餌を食べた。大胆、フレンドリーな娘。二番目に私の手から餌を食べたアキ。少し恥ずかしがりやなのか。しかしこの子も結構迫力がある。トモ子が卵を産もうとして場所をつくっていたら、アキがやってきてトモ子をどかせようとする。トモ子は場所を譲って別の場所に産卵場をつくる。アキは結構押しが強そう。初日昼過ぎるまで、小屋から出てこなかったマリ。臆病だ。結局初日は私ともなれずじまい。翌日、おそるおそる私の手から餌を食べた。すると安心したのか、ずいぶんなれなれしくなる。トモ子はあっさりしていて、私にべたべたしない。アキは一番に近づいてくる。マリは臆病なくせに、私が座って餌など準備していたら、お尻をつついてくる。慣れると一番ベタベタしてくる甘えたな子。ニワトリと思ってバカにできない。それぞれの人格は個性的でしっかり生きているのだなあ。リーは近頃狙うのをあきらめたようだ。そのうちコーちゃんとそうであったように、彼女たちと友達になりそうだ。DSCN3861 DSCN3866 DSCN3868左上からトモ子、アキ、マリ。DSCN3874卵を手に喜ぶママ。

もう一件のご報告。それは、我が家に心強き働き手がやってきたこと。その名は運搬車くん。こんな便利なものがるとは、すい最近まで知らなかった。庄内のオアシスという農業関係のホームセンターに行くとたくさんの農機具を売っている。中古が主流。その中で変わったものを見つけた。リヤカーにエンジンを取り付けたような簡単な車。オッと、これはいける!と直感。こういう時は、値段を覚えておいて、後でヤフーのオークションを見るのが癖になっている。調べると、とても安い値段で売りに出ている。近場でさがすと、福岡に安くて良質なものが出ている。ちょうどよい、久しぶりに息子夫婦に会って、小旅行を兼ねての購入となる。安いものだとはいえ、1トン車をレンタルして高速で往復すると結構な出費。しかも、トラックに載せたり降ろしたりするのも難しそう。ラダーレールを購入した。これも物入り。しかし、軽トラを買うことを考えればお話にならない。運搬車は、車検がない。そして税金もない。やはりこれは買いだ。省略するがちょっと恐ろしい目にもあいながら、なんとか運搬車を自宅まで持って帰った。これが運搬車だ!DSCN3914これって、結構すごい積載力。軽トラが250キロに対してこの運搬車は500キロ。小ぶりながら力持ち。ただ、スピードは遅い。速くて時速6キロぐらいか。この運搬車を使って、すでに多くの仕事をこなすことができている。一輪車を使ってやろうとすれば、比べ物にならない仕事量をこなせる。久々の折々帳。近況がほぼご報告できたのでは。DSCN3900

蘇るか玄米生地 

玄米あんパン 玄米食パン|オニパンカフェじゃがチーズ白黒玄米生地は、オニパンの個性の象徴みたいなものだと、自負している生地です。由来はご近所の糖尿病の疑いのあるお客様のご依頼からスタート。あーでもない、こーでもないと考えてやっとたどり着いたものです。基本は体に良い生地というコンセプト。それで、原材料として考えたのが、

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①全粒粉 ②五穀米 ③クルミ ④国産玄米粉 ⑤熊本産みなみの穂 ⑥北海道産ゆめちから(上の写真)  あと⑦塩 ⑧太白ごま油 ⑨天然酵母(あこ、オニ) ⑩水(塚原の湧水)

こだわりぬいた原材料です。できたパンのお味は、食べていただければわかるのですが、香りがよく、奥のあるうま味、ほのかな甘さ、しっとりとした生地となりました。ただ玄米粉が入っているので、翌日は若干固くなります。そこで焼いていただくと、うま味がもどります。

この玄米生地が4月突然おいしく焼きあがらなくなりました。膨れず、小さくなったり、硬くて酸っぱくなりました。発酵時間や発酵温度を変えてみたり、ミキシング時間を短くしたり、その原因と思われることを想定して、製造法をいろいろと試してみました。しかしうまくいきません。できたパンを食べては、商品にならず、店頭に並べられない日々が2週間ほど続きました。変だ、今まで何の問題もなくできていたのに・・・・。

原因の所在がはっきりしなくては対処の仕様がない。ふとママが、「粉が変なのでは」とつぶやく。製粉所は江別製粉。有名な江別製粉に疑いをかけるとは・・・さすが恐れを知らないママらしい。しかし思い当たる節もある。というのは、新しく購入した「ゆめちから」を使いだしてからこんな状況が続いている。南の穂は普通の強力粉で、どちらかというと超強力粉のゆめちからがパンを大きくふくらます効果を出すわけで、疑わしいのは「ゆめちから」のほうだろう。材料を疑うという発想の転換から、業者に問い合わせてみた。卸の業者を通じて、江別製粉に問い合わせると、なんと今回の粉は、新しく収穫した小麦を製粉したものらしい。昨年度のものとは違うと判明。天候の影響で(雨が多かった)本来超強力粉であるはずのゆめちからがそうはなってない可能性もあるらしい。

小麦粉には薄力、中力、強力と三種類ある。それは含まれているたんぱく質の量によって呼び方が変わる。それは用途によって、粉の種類も変わるわけで。例えば、お好み焼きには薄力粉、うどんには中力粉、そしてパンなどには強力粉みたいに。たんぱく質にはグリアジンとグルテニンという成分があり、その二つの成分が水によって混ぜ合わされ、グルテンという物質に変わる。グルテンが形成されることによって、小さな風船がパン生地として無数の気泡を構成し、そこに酵母によって生み出されたアルコール炭酸ガス、様々芳香の気体が充満し、パンを膨張させていく。だから、繊細な精緻な上質のグルテンの気泡が作られることによって、柔らかな滑らかな触感のパンの生地が生み出されるというわけだ。このグルテンの形成に必要な要素として、水、温度、ミキシングの量などがある。その兼ね合いを探り当てることがパン職人としての技量ともいえる。

当然上手にグルテンが形成されたからといって、うまいパンができるわけではない。それはいわゆる土台、基礎であってその後の発酵過程そして最後の焼成過程はそれ以上に複雑で難しい。しかし基礎ができてないと、家もそうだが、まったくお話にならない。パンにならない。今回の問題はそういう種類の問題だったわけだ。

業者のS氏(営業担当)は、会社に勤めて40年になる。会社の生き字引的存在だという。S氏の凄いところは、お客(私)の質問や要望に即座に対応するというところだ。当たりはずれはあるものの、その誠実さは学ぶところ大だ。今回も難しい私の要求に対してあいまいにせず、対応してくださった。江別製粉の研究開発室のチーフから電話があった。企業の研究所の責任者だ。私の予想していたことは、その通りだとのこと。たんぱくが低いとはいえ、他の国産小麦よりは強いとのこと。ほぼ12%らしい。この対応には、給水量を落として、ミキシングするしかないのではとの指摘だった。原因が明らかになることによって、対策は立てられる。その後、62%だった給水量を56%に落とし、ミキシング時間も変更して試している。ミキシング時間は10秒単位での変更。それぐらい生地の仕込みは繊細な作業でもある。

しかしまだ玄米生地は完ぺきにできているとはいいがたい。まだ毎日玄米生地とのにらめっこは続いている次第。

熊本地震!湯布院の今、オニパンカフェのこと。ご心配かけています。

4月14日の夜大きな揺れ。マグニチュード7.3。慌ててテレビをつける。震度7とは。阪神大震災と同じではないか。塚原高原は震度5くらいか。熊本は大変なことになっているはずだ。

金曜日お客様は少なかった。しかし、のどかな時間が流れて行った。土曜日は天気が良いらしい。きっとお客様も来るだろうと、結構多く生地を仕込んだ。天然酵母は、発酵時間を長くとるため、イーストと違って前日仕込みとなる。当日の状況を見ながら、追加で生地を仕込んだりできない。お客様が多く来れば足りなくなるし、少なければ余る。生産の調整は出来ない。

土曜日の深夜激震が走った。1時25分くらい。大阪で経験した阪神大震災の時の揺れをはるかに超えていた。下から突き上げてくるような振動と横揺れが交錯している。長く続くのでママと外に出る。月夜で明るい。避難グッズを準備していないいい加減さ。懐中電灯もなく、ラジオもなく。停電していない。テレビをつけ、部屋中明るくする。ちょっと揺れがおさまってから状況を確認。コップやボトルなど小さなものが棚から落ちている。冷蔵庫が移動したりいろいろあるが、幸いなことに機械類は動いている。トイレや水のタンクなどが壊れ水が出っ放しになっている。コースケやリー(猫ちゃん)が、パニックになっている。リーを部屋から出すと暗闇に消えて行った。リーはそれから二日間帰ってこなかった。

いつも4時から仕事を始めている。その日も機械は動いているし、水・ガスも出るので仕事を始めた。京都の娘から電話がかかってきて、「火をつけないで」と注意されたし、ママも危ないと言ってくるし、振動が来るたびにオーブンの火を消しながら仕事を続ける。清家さんと坂口君には、危ないから明るくなってから、気をつけて来てと電話する。いつもは5時前にやって来る。その日は6時過ぎに来た。つくるパンのメニューを大幅に変更。今日はお客様が来るはずがないので、避難所の皆さんが喜んでくれるようなパンをたくさん作った。アンパン、バターロール、クロワッサンなど大量に作った。つくっている最中7時過ぎだったか、真下から突き上げてくる大きな振動が10秒くらい続いた。それは震源が由布市直下のものだった。私は、成形したフランスパンを載せた板を(60センチ×80センチ)を抱えていた。落してはならじと、バランスを取ながら揺れがおさまるのを待った。デニッシュをつくっていた清家さんは、パイルームから出てきて、「マスター、上の棚から箱が落ちてきて、頭に当たった!」と言ってくる。中身が軽いものだったので、幸いけがはない。そうこうして、たくさんのパンをつくっていった。

 

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塚原店に20個ほどパンを並べ、別府店用のパンをとった残りの200個くらいを湯布院小学校の避難所へ持っていく。

突然持って行って、邪魔にならないかと気を遣ったが、大変喜んでいただけてよかった。避難所はたくさんの人たちでごった返していた。

電話で連絡を取った友人の家が大変そうなので状況を伺いに行った。湯布院盆地の真ん中を流れる大分川(の上流)の川南(南由布)にある友人宅。その道筋は道路がひび割れたり、石垣が何か所も崩れ、瓦屋根が落ちている家が多数。塚原とは比べDSCN3632られないほど被害も多そう。

その友人宅は、水屋箪笥などすべてが倒れて、ほとんどの食器が壊れていた。幸いなことに寝室に家具がなかったそうだ。

手伝おうかと言ったが、朝から気を張り詰めて片付けていたからか、もう今日はしないと疲れた顔で言う。

本震当日(16日)よりたくさんのお見舞いや励ましの℡、メールが届く。今日は20日だが、相変わらずの状況で、こんなにたくさんの人たちに支えられているのかと感謝の気持ちでいっぱいになる。

日曜日、観光協会の事務局の方が被災の状況を聞きに来る。オニパンは大したことがないと報告。その事務局の方に、お宅はどうなのかと聞くと、アパートの1階にいるのだがつぶれそうで、避難所で寝泊まりしているらしい。お風呂、水、食べ物に困っているとのこと。湯布院は2か所避難所があるそうで、私は湯布院小学校しか知らなかった。翌月曜日、「川北」にある避難所へパンを持っていくDSCN3637ことにする。

 

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火曜日、この間の疲れで頭が重い。朝から、ベーコンの豚バラブロックを大分の公設市場に買い出し。オニパン商用車バモスのタイヤ交換、眼科での定期検診、歯医者での治療を終わらせ、夕方から湯布院盆地の被災したお店(卸などでお世話になっているところなど)等をお見舞いに回る。玉の湯さんに伺うと、社長、大女将をはじめ経営陣が居合わせていて、そこで状況を伺った。亀の井別荘さんのフロントの方と話して、厳しい状況下即営業を開始していくとのことを伺っていたが、玉の湯さんも今日、水曜日から始めるとのことだった。始めるといってもお客様がほとんどいない中、気持ち的に前向きにやっていくとのこと。ゴールデンウィークを前にして、一番の稼ぎ時に、由布院は歴史的な静けさを味わうことになりそうだ。平日でもにぎやかな湯の坪どおりが、日曜日でもほとんど人が通っていない。近頃食パンを卸し始めたコミチカフェさんにも行く。お店のママは「こんな静かな湯布院は知らない」と話した。せめてゴールデンウィークが過ぎて起きてほしかったとも。

河野養鶏さんも深刻だった。一番の取引先の「ゆふふ」は、こんな状況なので当然製造量を控える。しかし、地震が起きてもニワトリさんは毎日卵を産む。売れないのも困るが、余るのももったいない。どうしようもない状況だとのこと。湯布院には100以上の旅館がある。その旅館とかかわる食関係の卸のお店は、取引停止となって大変な状況となっている。さらに観光客が来ないのでお土産や食べ物屋などのお店関係は大打撃となる。

オニパンにしても同様。何がつらいかというと、固定費。4人のスタッフの人件費、別府店の家賃や水光熱費などパンが売れなくても出ていく経費は待ってくれない。大企業ではないから内部留保みたいなものもなく、月々やっとでやりくりしているお店は、廃業に直面してくる。サラリーマンをやめて自営になってから、その大変さを最近ひしひしと感じていた矢先、災害一つで首くくることが他人ごとではなくなった。

支援にも色いろとあっていい。体や心の傷は一番つらい。しかし生活している人々にとって一番の不安は、これから仕事がどうなっていくかということ。経済って大事なことだ。食べ物、ライフラインは基本だが、今の湯布院にとって必要なものは、お客様がやってくることだ。最大の支援は、物を買ってくれること。全国で今、注視されている被災地の支援活動として、その点にも目を注いでほしいと思う。

蘇るブラパン号 (ブラックセローオニパン号)№159

18歳のころからバイクのお世話になってきた。通勤、遊び、趣味と車以上に活躍してきた。バイクなしに私の人生は語れない。ただ乗っていただけなので、深~いものは持ち合わせてないが。テクニック・・Oh、No. カスタム・・ちょっとだけね。数・・結構乗り換えたねえ。多いときは3台もってた。10数台乗ってきたけど、結局私に合うのは(と言うかこの年でも乗りやすいのは)セローだと思っている。ヤマハのセローは実に乗りやすい!

[#Beginning of Shooting Data Section] Nikon CoolPix2500 2003/08/02 11:49:42 JPEG (8-bit) Fine ‰æ‘œƒTƒCƒYF 1024 x 768 ƒJƒ‰[ ƒRƒ“ƒo[ƒ^ƒŒƒ“ƒYF ‚È‚µ Å“_‹——£F 5.6mm ˜Ioƒ‚[ƒhF ƒvƒƒOƒ‰ƒ€ƒI[ƒg ‘ªŒõƒ‚[ƒhF ƒ}ƒ‹ƒ`ƒpƒ^[ƒ“‘ªŒõ 1/241.5 •b - f/4.5 ˜Io•␳F 0 EV Š´“xF ƒI[ƒg ƒzƒƒCƒgƒoƒ‰ƒ“ƒXF ƒI[ƒg AFƒ‚[ƒhF AF-S ŠK’²•␳F ƒI[ƒg ƒVƒ“ƒNƒƒ‚[ƒhF ƒm[ƒ}ƒ‹ “dŽqƒY[ƒ€”{—¦F 1.00 Ê“x’²®F 0 —ÖŠs‹­’²F ƒI[ƒg ƒmƒCƒYƒŠƒ_ƒNƒVƒ‡ƒ“F OFF [#End of Shooting Data Section]この写真は2003年のもの。オニパン看板のところにある欅の木がこんなに小さい。セロー一人旅で、購入した土地へやって来た。このセローは旧式で215cc。思い出としては、購入してすぐ、トライアルの競技コースに挑戦し、コースから崖下に転落して膝を負傷。運動会での踊りの指導ができなくて、みんなに迷惑をかけたことかな。しかし、セローの運動能力の高さに驚いた。それから8年後、お店を開店して3年後くらい。ずーと一生乗り続けられるバイクを求めて、鹿児島までママと旅を。そのバイクはセロー250.新車を買う馬力もなく、また買ったとしてもあまり乗れないので(だってバイクに乗る時間も必要性もないので)中古で良さげなものを探していて、鹿児島の日置市で見つけものだ。

DSCN2831旧式セローとは全く別物で、パワーもありつつ、乗り心地もいい。このバイク5000キロの搭乗距離。そして現在は7000キロチョイの状態。5年間で2000キロ走破!いかに乗っていないか、そしていかに無駄に税金を払っているか。しかも、この4月より250ccは、1200円くらい税金がアップ!。もうアップアップ状態。ただただバイク人生を終わらせたくない老人の妄想、執念なみたい。一年間でのるタイミングといえば、夏休みの一人旅行ぐらい。たまにしか乗らないから、調子ももう一つ。バッテリーはすぐ上がる。2週間ほど前セルモーターの調子が悪く、修理代に2万円。もういや!!!、っていう状況。

乗らなければ確実に調子悪くなるだろう。ではどうしたら乗る時間を確保できるだろうか。考えた。う~んと考えた。じっくり考えた。その時キラリとひらめいた。それは、通販や卸の配達のこと。週に何度も通販で郵便局へ行っている。湯布院の郵便局は駐車場が信号のすぐ手前で、非常に使いづらく、市民からも不評。私も大変困っている。そうだ、自動車をやめてバイクで行けば・・・。しかし、バイクに載せられる通販の箱は1~2個ぐらいか。無理か。いや待てよ大きなリアボックスをつければもっと積載できるな。でも大丈夫なのか。法律的には~~?

調べてみると、バイクに固定されている積載器より後ろ30センチ、左右15センチまでOK。  ボックス自体もゴムなどでくくりつけていないものであれば(何か工具を使わないと取り外せない)積載器に入るとのこと。高さ2メートル以内、左右1.3m以内であればいいみたい。そういえば、大阪にいたとき、有名なひげを生やした市会議員がいた。その人は、でっかいコンテナボックスを荷台に取り付けていたっけ。ちょっと恥ずかしいくらい大きな。いつでも、そのバイクで走っているので、やたら目立っていた。よし!それよりでかいボックスをつければ、通販の箱も6~7個でも運べるぞ。

DSCN3573先ずは板をボルトで固定。

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家にある一番大きなボックスをつけてみた。しかしこれでは2~3個が限度かなあ。そして1週間が過ぎた。次の休日。コメリに行くと、目に着いたものが、セメントなどをこねるトロ舟。中ぐらいの大きさが、いい感じ。しかもブラックカラーだ。これはブラックセローにもってこいでは。早速家で作業。

DSCN3577でっけー!。あの髭の市会議員に勝ったぜ~!!(ということは、周りから見れば「超恥ずー」)そんなこと言ってられねえ。愛車の健康とパン屋の仕事のためと思えば、人目なんて気にしてられっか・・・・・・・・・・・・。

DSCN3572こんな風にでかい通販の箱が2段で入れられます。大きな番重もなんと二つ入るんですよ。立派でしょ。

DSCN3578後ろの留めねじも赤で塗りましたよ。まるで、鬼の牙みたいでしょ。

DSCN3580前から見たら案外かっこよく見えますよね。だんだん見慣れてくるから不思議ですね。名づけて「ブラパン号」。こんなバイクが走っていたら、「あっ!オニパンマスターだ!!」と手を振ってみてね。それはうそ。恥ずかしいから知らん顔しててください。