忘路軒(オニパンの隣)のご主人は・・・

塚原の隠れ名所(?)で有名な「忘路軒」。創作料理、自家栽培の野菜・・・。一度行くと、そのおいしさとお店の雰囲気に感動し、予約が取れないほどの人気店。最近はご主人が2度の脳梗塞で体力が減退し、営業は控えめ。ご主人の名前は阿部英二郎。個人情報漏洩みたい。でも心配しないでください。この方は、とても有名な方なのです。

塚原に引っ越してきて一年目。阿部さんは血気盛んな方だと知った事件があった。よく吠えるコリー犬のコースケが忘路軒の方に向かって吠え続けた。その後、阿部さんが血相を変えて、犬がうるさいと怒鳴り込んできたのだ。ひたすら謝った。きっと、彼が、一人芝居をしている最中にコースケがうるさく吠え、きっと集中出来なかったんだな。阿部さんは、吉四六話をいくつもネタに持っていて、その面白さといったら・・・まさにプロ!と思っていた。大分県の吉四六話のCDを、大阪にいる時から持っていたが、そのCDの吉四六さんの声は阿部さんだと知ったのは塚原に来てしばらくしてから。阿部さんはただ者ではない!

そして、今週の月曜日、2年ぶりくらいに市民劇場へ。月曜日は明日が休みなので、重い腰ではあったがたまには行かねばなあと思ってパンフレットを見る。

俳優座。うん、まあまあだなあ。しかし、「反応工程」という劇、戦争の問題をテーマに平和の尊さを説くみたいな・・・。とても大事なテーマなのだが、重い、重い・・・・疲れた体と精神はそのテーマが重い。やっぱやめようか。作=宮本 研・・・?????!!?!!!!。ありゃ、どこかで聞いたぞ。もしかして以前阿部さんが良い作家だと言ってた人かな。待てよ、移動販売の青葉台住宅街で常連さんのオキベさんが東京で会ったことがあるとかも言ってた作家だ。大分商業の先生を数年やって、その後東京に出て劇作家になった人だ!

パンフレットをめくると・・・・・!!!!

ゲゲッ!阿部さんが寄稿している。阿部さんは大分商業で演劇部だったのかあ。そのとき宮本先生に出会い、その後もまたもや偶然劇団でご一緒に。そして、今回観る「反応工程」の主役である田宮役を阿部さんがしていたとは。昔千代田公会堂で阿部さんが演じた劇なのだ!私は観る前から体が震えてきた。

もう迷ってなんかおれない。そそくさとビーコンプラザへ。劇場の扉のところに阿部さんが立ってお客さんを出迎えていた。私は「阿部さ~ん!」「今日の主役やるんやろ!!」と思わず口に。阿部さんは「今から67年前にな。今日は、現在の主役と67年前の主役で一緒に記念撮影した。」と嬉しそうに言っていた。

劇は、とても良かった。あの敗戦前のギリギリのところでも、三井財閥は国に武器を売り学徒や国民に戦争をけしかけ、お国のためにと働かせながら利潤を追求していた。戦争って本質のところは国民同士のいがみ合いや宗教の問題などと違うところで動いている。現在も同じだ。自衛隊基地を地下に移動し、武器を重装備し、アメリカの兵器を爆買いする。すべては軍需関連産業が国を使って利益をうるために動いている。わかりやすい話しだ。社会保障や教育予算は金をどこから出すのかという論議はしても、防衛予算は青天井で予算を組む。本当に腹立たしい。

阿部さんの半生を思いながら劇を観た。どんな思いで田宮役をしたんだろうな。67年前!  民主主義が高揚していた時代。それからずっと演劇活動を続けてきた阿部さん。すごいなあ!!涙が出そうだ。