コモン ピアザへの道

お客様の提案を受け、真剣に考え出したこと。それはオープンカフェのあり方や絵柄。寒い時にカフェ出来るスペースがあればと、オニパンハウスを用意した。当初は赤くてかわいいとかの評価も得ていたが、だんだん汚れ、スペースもとり、窮屈で圧迫感もあり、チト考え直した方がいいのかとも考え出した。

そんな折に、斎藤幸平さんの「人新生の資本論」を読み、グサッと胸をえぐられた。限られた資源の地球に住み、資源を目先の利益や自分だけのために食い潰す「資本」という妖怪に、身も心も捉えられた現代に生きる私たち。地球そのものを利益・もうけの手段としてしか見ていない資本主義という価値観では、これから先、生きる場所や環境までが壊れていく。一部の人の利益ではなく、社会全体の利益や幸福を追求する考え方が今、喫緊の課題だと思う。

このままでは限られた地球の生命。そして自分の命もまた限られている。その限られた自分の人生で、自分の利益追求だけにとどまらず、みんなと分かち合える利益追求の仕方を考えていかねばと思わされた。

「オープンカフェではお飲み物を注文」これが今までのお店の考え。利益を出すために、心地よい自然と景観をご提供。売り上げを上げなければお店の継続はむずかしい。

しかし、そういうやり方はやめよう。せっかく、こんないい場所でカフェをしているのだから、もっとみんなが利用しやすいようにしよう。そうすれば、自然とパンの売り上げもついてくるだろうし。何より、オニパンが今まで継続できたのは、お客様が心地よい体験をし、またリピートでやってきてくれたから。そのオニパンでの幸福感とパンのおいしさに、人生の大切なひとときを使ってくれたから。

資本主義は利益が優先。全てのことを貨幣価値で換算する。驚くことに、昔では考えられなかった、人の人生の要でもある仕事や労働さえも、自分で選択するのではなく、「人材」として「商品」として売り払い、利益を出す会社が出現している。そういうことが出来るような、社会のシステムを意図的に政治が作り出している。

あ~いやだ!しょうがないなあ!とあきれめて生きていたくない。自分が出来ることを自分なりにやっていきたい。もちろん、こんな不都合な世の中を変えない限り、不幸は量産されるのだが。しかし、とりあえずは自分の足下でしか何も出来ない。アソシエーションのコンセプトで、できる限り利益共同体を作れれば。少なくとも、塚原の人たちと仲良く(嫌なことも多いが)やっていこう。

さて、すこし寄り道したが、オープンカフェに話を戻す。ご近所の「超人」トミさんの力を借りて、二日でオープンカフェの形を変えた。

昨日の様子。下が芝生であれば、開店当初のきれいな雰囲気とよく似てる。確かにオニパンハウスは邪魔だったと実感。そしてさらにレッドロビンの生け垣もかなり取り除いた。

すると、ログハウスやきれいなボタン桜もよく見える。広いカフェスペースが出現。こんな変化だけでも、昨日はこのカフェスペースを利用されるお客様がけっこう現れた。ご利用はモチ無料です。ただ、自分が出したゴミは自分でお持ち帰りをお願いします。

この場所の名称は「コモン ピアザ」にいたします。まだ誰も知らない。私が勝手に思い入れて命名。相談すべくママもきっと許してくれるでしょう。コモンというのは「みんなの、共通の、共同の」という意味。「ピアザ」というのはイタリアの「広場」という意味。私の愛する「イタリアの小さな村」というテレビ番組から知った、イタリアの風景を連想して。イタリアの村では、ご近所の人たちが親しくおしゃべりをするのが日常の風景。そんな広場になったらいいなあ。

製粉の旅 豊後大野市

フスマがない!ユメ小麦も残りわずか!と言うことで、ママと久しぶりにストレス解消の小旅行。

行く先は、豊後大野市の平野製粉所。

信頼できる製粉所だ。ここに通うようになって早6年目か。小麦を預けておいて、いつもの行動パターン。いざ大五郎食堂へ。

大五郎食堂の前に見えるのは三重駅。絵本に出てくるようなかわいい駅。いつも車の駐車に気を遣うのだが・・・。今回はなんと駐車場が駅横にデデーンと!

立派な駐車場なのだが、さらに立派なのは・・・「入庫より2時間以内無料」!!!けちくさくないよね。これぞ「コモン」の思想。

そして食べたハヤシカツとオムカレー。美味しくてつい完食。高齢者の胃にはちょっと無理が・・・。

ハヤシカツは相当うまい。

さて、製粉終了までまだ時間がある。そこで行ったことのない「道の駅清川」に足を伸ばす。道の駅といっても、一つの大きな箱のなかに売り場があるといった形ではなく、それぞれ魅力的なお店が並んで全体として道の駅となっている。その中にきれいな小川(清川か?)が流れている。私たちは、パン屋に立ち寄り珈琲とパンを食す。

もうあまりパンがなかった。ここで30年ほどパン屋をやっているというからすごい。年は私たちと変わらないか下なのか。しかし、気になるのは、そのしゃべり。きつい関西弁。

聞くとびっくり、大阪の枚方(ひらかた)出身。ママはそこで働いていた。30年経っても、きつい関西弁。ママより。大阪の影響力というかネチコサというか・・・・。

パン屋の女将は、パン屋として香港での4年の生活体験も披露してくれた。飲茶(やむちゃ)の話しは、勉強になった。そうこうしている間に、時間となって、製粉所へ。

小麦は2袋、そしてフスマも2袋。当分やっていけそう。

実は豊後大野市からかえって、夕方近くに大分の「コズチ」というパン屋さんへも寄る。さらに、「きのこの里」かいがけ温泉へも寄る。そして食事。と、めちゃくちゃ詰め込んだ一日だった。しかし、ほんと、楽しく、ストレス解消の実利の旅となる。

さあ、がんばって、パンを作るぞ~!

すすめ カレーパン!

「さまよえるカレーパン」から数日。目指す方法や方向が定まらないとき、「さまよってしまう」。休みの昨日は、カレーパンの勉強にいそしむ。そして一定の方向性を担保した。

本日は、今まで通りのカレーパンで。カレーのフィリングは多少変化している。スパイスカレーにココナッツミルクを加えているが。ほぼ同様。

とりあえず、これで来週は行くことに。再来週の頃より、また新しいカレーパンが登場する予定。

ヒントをくれた著書。

カレーネタに明け暮れるオニパンカフェの現状は、あなたにとっていかに映るか。ちょっと、心配する私。

昭和・・・なつかしいなあ・・・

年をとるごとに昔のことを忘れていく・・・と思っていた若い頃。頭が本当にぼけて、認知症になればどうなるかは知れないけれど。今の私から言えることは、年をとるごとに、若い頃の思い出は鮮明に鮮烈に痛いほど切なくなってくるということ。

浜田省吾の曲に「19のままさ」というのがある。年をとっても、19の頃の感性を持ち続けているということ・・・なのか?!確かに、忘れられない思い出・・・。

若い頃は、感性が鋭敏で経験が少ないなかでの様々な体験は強く心に響いてくる。慣れっこになると、徐々に鈍感になるものだ。ピュアでまっすぐな感性は、心と記憶にその経験を刻み込むのだろう。浜省は19の頃の体験を強く意識し、作られた楽曲も私のハートに響くものが多い。

「19のままさ」を聞きながら到着したOBSの移動販売。そのロビーでイベントが3月20日まで開かれている。

トイレを貸してもらったついでに見学した。そこで、あっという間に昭和のあの懐かしの世界にタイムスリップしてしまった。

強烈に刺さってくるジャケットやポスター。ううっ、苦しく熱く、体の芯の方から湧いてくるもの。子どもの頃、少年の頃、憧れた人たちがそのままの姿で存在することに、胸に何かが詰まるようなキュンとくるような。

小六の冬だった。加山雄三の映画。私は「海の若大将」を観て、「恋は紅いバラ」という曲に心打たれた。その歌詞や曲調にうるうるした。当時は若干不登校気味の頃。早熟な少年だった。それに続く「エレキの若大将」で完璧加山雄三にまいってしまった。「きみといつまでも」は、大ヒットする前に一番でこの映画で聞いた。中学校になって初めて買ったレコードもそこにあった!

若い!かっこいい!加山雄三!!

さてこんなことを書いていたら仕事が出来なくなるのではしょっていく。

いまだに好きでときどき聴く曲でもある。タイガースは中二のころ大ファンになった。

そしてグッと昔へ。小学校の中学年の頃、好きだった舟木一夫。

映画のポスターも昔を感じさせる!小学校3年生の時。「君たちがいて僕がいた」とか、「花咲く乙女たち」とか歌詞が良かったなあ。純だ!!さらにこんな雑誌も。

なんと鮮やかな。三田明と酒井和歌子。懐かしいなあ。若いなあ。もう一度戻りたい、昭和に。