オニパンにとって、今年はいろんな意味で進化(深化)の年となりました。継続は力なりが私の信条ではありますが、続けていればなにかと今まで見えてなかったことも気づき、成長へとつながっていきます。マンネリに陥るどころか、次々と課題が鮮明になった一年だといえます。
4月の熊本・大分の地震以降、由布院も大きな被害を被りました。観光で成り立っていた街だけに、地震での風評被害が及ぼしたダメージは想像を超えるものでした。私たちの塚原高原は地盤が固かったおかげで、家屋に関して盆地ほどの被害もなかったものの、客足の減は、やはり大きなものがありました。
震災を契機に由布院では廃業に追い込まれるお店もいくつか出てきていました。取引している卸の業者さんに由布院のお店の材料の注文状況を聞いてみると、4~7月期は、例年の20~30%と言ってました。オニパンもどうなっていくのだろうと心配でした。うちのお店の場合観光客はもちろんたくさん来られるのですが、リピーターさんが多いのが特徴です。大分県内のリピーターさんだけでなく、はじめは観光客として来られた方が、他府県のリピーターさんとしてまた来られるといった感じで、リピーターさんがたくさんおられます。震災後、その多くのリピーターさんが、直接お店に来られたり、通販で注文していただいたりで、ずいぶん助けていただきました。昔の友人や大阪の同僚、友人たちも連絡を取り合い、支援の輪を広げてくれました。そのおかげで、たくさんの通販が毎日出荷され、ほぼ例年通りの売り上げを確保することができました。お客様のオニパンへの思いを、ひしひしと感じながら、パンを焼き続ける日々でした。そのことを通じて、お店って自分たちだけのものではないんだと、強く感じました。小さなお店でも、大切に思ってくれている人がいるんだ。その人たちに、お返しできるお店にならなくてはいけないな・・・。今年は、そんな思いを強くした年となりました。
パン屋を始めて8年が過ぎ、この12月で8年半となります。お客さんも増え、結構知られてきました。商品の数も最初の20種類ほどから、現在は50種ほどにふえました。もうこれくらいの年月続けてくれば、「新米」とか「未熟」なんでとは言いにくくなってきます。気持ちだけで、パン作りをしている場合ではありません。それなりの「深い」商品を提供できなくては、一人前のパン屋としては恥ずかしいと思います。他店にはないオニパン独自の商品、それを目指して頑張って来た一年でもありました。この一年での開発新商品として挙げられるものは、「玄米フルートセット」「ワインの友セット」だといえます。この二つの商品は、他店にはない、しかもオニパンとして、私のイチオシの商品です。玄米生地のフルートを焼いて太白ごま油につけて食べると、なんとも幸せな気持ちになります。素朴でほの甘い味が私は好きです。そしてワインの友セットは、ちょっとパン屋としては、異質な商品セットでありそこが楽しいと感じます。このセットをつくるために、フルートラールやフーガスなどの商品も開発しました。もう一つ付け加えるならば、「ララ・フランス」。まったく新しい(オニパンにとってです。ダマンドを使っているパン屋はたくさんあるでしょうが)デニッシュをつくりたくて、何度も試作に挑みました。試作はとても面白い。何度もやっているうちに、いろいろと発見もあり、まったく新しいものが見えてくる場合もあります。フーガスもそうだったし、ララ・フランスもそうです。ララ・フランスは、今までになかった焼き方を取り入れました。成型もそうです。オニパンにとっては、網リンゴに並び、代表的なデニッシュとなりました。
試作初期段階では、こんなララ・フランスもありました。これを私は、「マンボウデニッシュ」と読んで、自嘲しています。味も、悪かったな。

この一年の進歩・成長としていえる3点目。それは、ソノダハッピーファームの整備とこれからの活動。昨年は、シカやイノシシの被害で中断してしまいました。今年こそはと市からの補助も受け、300メートルにわたって、鉄柵を張り巡らしました。大がかりな2度にわたる作業を、たくさんの人の援助を受け完成。


これらの写真は、12月21日の作業の場面。この時も、由布院の「原っぱカフェ」の方々8人、そして我がハッピーファーム関係の人5人、総勢13人で取り組みました。天気も良く、中高年ばかりのハッピーファーム関係の人たちは、「原っぱカフェ」の若い力と明るさに、元気をもらいましたね。
最後に、オニパンのかわいいパン小麦たちの「麦踏み」もしていただきました。今年こそ、パン小麦を最後まで育てるぞ~!!
さて、そんなこんなで、オニパンの一年は過ぎていきました。オニパンに坂口君に替わって川野さんという女性がスタッフとして加わっています。坂口君は1年8か月オニパンで勤務。まじめに粘り強く頑張ってくれました。ココバナーヌという商品を紹介してくれたのも坂口君です。新しい進路を考え、オニパンを卒業。川野さんが後を引き受けてくれました。川野さんは、パンへの情熱も強く、やる気満々の女性。12月某日、別府のお食事処で忘年会をしました。
左より、別府店若林さん、新スタッフ川野さん、チーフ清家さん、マスター私、坂口君、ママ。塩手さんは急用で参加できませんでした。これからのオニパンカフェ、どうぞよろしくお願いいたします。



これは、塚原温泉上の火口。乳清色の地獄が眼下に見える。見学料(たしか500円か)を払わなくてもしっかり見れる。
いかな。この写真の右側が塚原高原、左側は別府湾側。この場所でガスを見るとおもしろい。何がって?伽藍岳から鶴見山へと続く山々が壁となっていて、別府側と塚原側をくっきり隔てる。別府側はガスって曇っている。しかし、塚原側はガスもなくよく見えている。内山や蔵かど岳は本当に薄っぺらく壁か屏風のようだ。まさに壁一枚隔てて、塚原と別府はある。しかしその壁一枚で天気がまったく違う場合もあるわけだ。今回の登山はそのことがよく分かった。

西峰からは塚原高原が一望!こんなに全体がすっぽり眺められるところはない。そんなにハードではなく、登り1時間半、帰り1時間程度。身近に素敵な山があるんだなあ。井の中の河津でした。
興味・関心のない人には、この作業記録は退屈かもしれませんね。大分県農林水産研究センターの研究員さんから、しっかり記録を取ってくださいとのご指導もあり、合わせて昨年の挫折から、心機一転・捲土重来の気持ちを込めて、書かせていただきます。
畦ナミという短い波板を鉄柵の周りに敷いていきます。端は鉄柵に針金で固定します。たぶんアナグマたちは鉄柵の下を掘って中へ入ろうとするでしょう。しかし、波板があって掘れません。手前から掘って、鉄柵の下をくぐれば入れますが、それはモグラでないので、そこまでしないのではと思います。そしてこの上に、ネットも敷きました。掘るのに、足に絡んで嫌がると思います。

こうして畦立てが終了。
鉄柵張りの次は、畑の準備。今回は、若者はいず、高齢者ばかり4人で。2トントラック2杯の牛糞を約2反の畑にまきました。1反は300坪約1000㎡。これはつらい。軽トラにスコップで牛糞を積む——この作業が・・・腰にくる~。これは若くないとできない作業だと認識。小さなパワーショベルみたいな重機がほし~い!4人がへとへとに。

こんな感じでもくもくと。2000平方メートルは広いね~!!😭
休憩のお菓子がおいしく感じましたねえ。
牛糞をまき終え、次に石灰をまきました。そして最後に化学肥料もまきました。とりあえず今日はここまで。やく4時間の作業。腰は大丈夫かな。
ソノダハッピーファームの作業記録を今後ここに記していこうと思います。昨年よりスタートしたしあわせ農園ですが、結果として不幸せな結果におちいりました。農作物がほぼ全滅。かろうじて収穫できたのは、ママが植えていたジャガイモと玉ねぎだけ。それも小ぶりではありますが。なぜそううなったのか、一番の原因はシカ。小ぶりなのは、土ができていないことも。その他マルチが塚原高原の強風に飛ばされた等々。それで、今年は、畑全体を高さ2メートルの鉄柵で囲うことにしました。畑を囲うとなれば全部で300メートル、鉄柵の数は150枚になります。それと支える支柱の鉄筋も。農業認定者になっている私なので、市からの補助が三分の二いただけることになり、助かりました。






今年こそは、小麦をはじめ豊かな実りになることを願っています。皆さんありがとうございました。
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