しあわせの共有

8月に入って、素敵な出会いが続いています。今日はお休みでしたが(夏休みなのです)、気がつくと、お店の玄関に二人の方が立っています。それは、大阪時代の職場の同僚でした。若い二人。苦労しながらも、前向きに頑張る様子がうかがわれ、しばらく忘れていたあの頃の思いがよみがえって来ました。ほんと、予期せぬ訪問って心をヒートアップさせます。
昨日は、これまた予期せぬお客様が。それは、あの「あこ庵」のFさんでした。
このブログをお読みの方は、当然「あこ庵」は御承知のはずですね。私が、修行(研修というより)した東京多摩市のお店です。あこ酵母製造元でもあります。Fさんは、あこ庵が発行している『あこ通信』の編集者です。オニパンカフェにも取材依頼があり、私は快諾して、先日原稿も送ったところです。なにせ、東京から離れているので、現地取材は無理とのことで、メールでのやり取りで済ませたわけです。な、なのに、遠路はるばる、ちっぽけなオニパンカフェまで、やってきてくれて・・・・。今日の出会いも驚きましたが、昨日のFさんには、驚きと感謝でいっぱいになりました。

さらにお話は続きます。
アウシュビッツの悲劇を書いた『夜と霧』の著者ビクトル・フランクル博士のことを、以前、ラジオ深夜便で聞いたことがあります。私は、フランクル博士の「しあわせ」や「生きる希望」についての考え方に深く感じ入りました。博士はアウシュビッツの極限の状況の下でも、生きる希望を失わなかったとのことです。精神医学者の彼は、自分を実験材料として、冷静に分析し批評しています。私の覚えているそのお話でのエキスは、「ささやかなことにでも、幸せを感じる心の持ち方」ということかな。

さて、パン屋である私は、日々単調な労働に従事しています。その労働は、長時間の立ちっぱなし労働であり、足と腰、そして肩などに酷い負担を掛けます。明けても暮れても、終わりのないハードな労働が続くことを考えれば、重たく、暗い気持ちになっていきそうです。

しかし、実際は、そうではありません。私は、日々、楽しく労働をしているのです。それは、美味しいパンをつくりたいと、様々に試行錯誤を続け、日々、新しい発見をし、時には思いもつかなかった味をつくりだせたりもするからです。

6月ごろより、クリームチーズフランスがバージョン3に突入しました。

これは、バージョン2のクリームチーズフランスです。
これは、バージョン1の改良版。どうしたかというと、普通にフランスパンの背中を切ってチーズを入れるのではなく、冷蔵した生地を麺棒で延ばし、溶かしたバターを塗って、それをまいて、窯で焼く(すなわちクレセントと同じ作り方)。できたパンの背中を切ってチーズを入れる。
この仕方で、以前よりもおいしいクリームチーズフランスになりました。でも、時間が立つとやはり生地がパリッとしなくて、食感がいまひとつになります。

これは、ライトクッペという商品ですが、じつは、バージョン2のクリームチーズフランスのパンに、たまたまクープを入れて窯で焼いてみて生まれたアイテムです。
食べて見て、驚きの食感でした。「パッリパリ」なのです。それもそのはず、開いたクープから、窯の熱が生地の中に入り込み、表面だけでなく、その内部のいくつかの層まで火が達し、「せんべい」のようになっているのです。バターを塗って巻いているからこそ、薄巻き煎餅のごとき食感が味わえるわけです。
(このライトクッペに、クリームチーズを入れたらいいのでは)とひらめきが走り、夢中でやって見て、さっそく試食!嬉しかったですねえ。自分でも「お・い・し・い」と思える商品が完成したのですから。
クリームチーズフランスバージョン3

具体的に、詳しく書いてみました。これが、私の「しあわせの中身」です。
そして、それをお店のカウンターに並べます。買って帰るお客様の後ろ姿を見つめながら、(食べたとき驚いてくれるかなあ)と思うわけです。これだけでも、嬉しいものです。
しかし、なかなか、このクリームチーズフランスは売れ行きが好調ではありません。一つは、午後過ぎてからお店に並ぶということ。忙しい時には、つくれない時もあるということ。他の人気商品につい力が入り、私自身、その感動を忘れかけているときもあること。

それが、やはり昨日のこと。あこ庵のFさんに始まって、最終のお客様にも驚かされました。
お客様は、売れ残っていたクリームチーズフランスを仕方なさそうに手に取り(だってカウンターには他の商品がなかったのだから)、「コーヒーをお願いします」と席に着き、暗い表情でもそもそ食べ始めました。私は、そこまで見て、厨房で仕込みの続きをしていました。お客様が帰りそうなので、お店に出て行くと、お客様はにこにこと話しかけてきました。
「すごい、なんなのこれ!っていう感じ。こんなパッリパリのクリームチーズフランス食べたことないわ。このパンに出会えるなんて、ほんと、来てよかった!」もうべたほめ!
そうして、さらに、売れ残っていたクリームチーズフランスを手に取り、「明日の朝も、これを食べるわ。ああ、明日の朝が楽しみ!」っておっしゃいます。
たかが、クリームチーズフランス一つごときで、ここまで、幸せになれるのか。でも、このお客様、私と同じだ。

パン屋の喜びは、「しあわせの共有」にまで発展するということです。