福万山は眺望良し!№154

福万山(ふくまやま)1236m。12月1日、3度目の登頂。今回は青少年スポーツセンターに車を駐車(300円)し、登山口を目指した。
以前2回は、東急のゴルフ場から登った。
ブッシュだらけで、展望が開けるまでに三分の二がブッシュ道。自分の背丈か、それ以上。
しかし、今回は初めより快適な登山道だった。
どうも今までの道は正式ではないようだ。


なだらかで、展望の良い登山道。
最終の登りは多少きついが、それでも景色の良さが疲れを飛ばしてくれる。

青い空。清々しい空気。
心も洗われる。


驚くべきススキの原野。延々と続く。
水墨画のような濃淡で山々の稜線が描かれ る。


ほぼ4時間ほどの行程だった。
福万山の頂上から見える展望は、
おそらく湯布院一。
360度の眺望は、由布市の名だたる山に終 わらず中津の周防灘まで見通せる。

「由布市の隠れた名山」と言われる所以だ。

ついに、やっと、念願の、薪小屋ができました。№153

塚原暮らしに欠かすことのできない薪ストーブ。そのために、欠かすことのできない薪。その薪をつくり、蓄えておくために必要不可欠な薪小屋。
その薪小屋が、ついに、やっと完成した。

思えば苦節7年。
私のような、小学生的レベルの日曜大工嗜好者にとっては、塚原暮らしに必要な様々な技術・ノウハウはなかなか身に付けるに至難。
塚原在住の知人「トミさん」は、以前より憧れの人であり、尊敬の対象。というのも、自分で何でもできる人で、家を建てるぐらい朝飯前みたいな感じの方。
そのトミさんに、いろいろ教わって少しずつ、チェーンソーなども使えるようになってきた。
しかし、必ずやって来る冬に、薪ストーブで完璧に対応することは、いままでできなかった。
それは、薪づくりも含め、薪小屋がなかったからだ。
薪をストックする場所が狭いうえに(薪だな)、チェーンソーもすぐ切れなくなり、薪づくりをあきらめることを繰り返していた。

しかし、今年は、今までとは状況が一変。
オニパンの従業員である坂口君の知人が玖珠町で「カネヤス」という、チェーンソーのメンテナンスや農業機械の取り扱いなどをしている。そのカネヤスのオーナーがまたとても親切な方で・・・。というふうにして、我が家のチェーンソーがよみがえり、とんでもなく切れ味抜群の代物に生まれ変わってしまった。
チェーンソーの使い方も一から教えていただき、一体今までどうしてあんなに苦労していたのかというような状況になってしまった。
面白いほどによく切れる。

さて、あとは、薪小屋なのだが。
薪小屋は、いぜんより使い勝手を考えて、設計図を頭の中で考えてきた。
そして、費用もできる限り節約して、安づくりにしようと。
見た目は、私の大工技術では、どうあがいてもパッとせんことはわかっていた。
しかし、使い勝手は一工夫できる。
生活が便利になるという喜びは、本当に代えがたいものがある。
仕事場においても、いつも一工夫を考えている。いい考えが思いつくと、夢中で製作に没頭してしまう。
人間って創造する喜びは、「人であるための土台」では、って気もする。
前置きはともかく、どんなものになったかご紹介を。

「うわー、かっこわりー」と言わないで。
正面向かいまして左は、雨に当たらないようにして、いろんなものを置けるスペース。現在は切れてない枝など置いている。真ん中と右は薪置場。特筆すべきは、下に台車など突っ込まれる場となっている。


この薪小屋は、2層(手前層と奥層)になっている。実はこれが私が一番気に入っているところ。こうすると便利なことがある。

棚が増えるので、たくさん薪を置くことができる。
風通しが良くなる。


こんな風にして、通路があるので、一輪車などを入れて、薪を運ぶことができる。

雨の日などとても便利。

これだけの小屋、材料を拾ったり、
もらったり、買ったりで紙一枚でできました。

さあ、来い!冬よ!

って思ってたら、昨日とても寒かった。
それで、今年初めての薪ストーブ点火!!

うわー、あったかい!!
外は7度、部屋は25度に!!

リー君、ちゃんと定位置に。

朝起きて部屋の温度は何と21度!
外は4度。
ストーブの火を消して寝たのに。
薪ストーブはすごい!!

エコで、心にも優しい。
電気代しんぱいしなくてもいいものね。

パン屋の休日 大船山へ №152

11月11日,人生二度目の大船山(たいせんさん)へ。
一度目は、高校生の時。阿蘇野方面から登った。重い荷を背負っての登山だったので、しんどかったことしか記憶に残っていない。
今回の山行きには、いつもお世話になっている上田家具製作所の上田さんと同行することになっていたので、ぜひとも行きたいと思っていた。
さらなる楽しみがもう一つ。
それは、登山口までバスで送迎するという、竹田市の観光ツーリズムの取り組みが新たにスタートしているとのこと。
それを使うと、2時間早く頂上へ。

朝、いろいろとトラブルがあり、待ち合わせの9時半(竹田市パルクラブ)に到着できなかった。上田さんは一人で登山バスで登山口へ。大変申し訳ないことをしてしまった。
しかし10分ほど遅れてパルクラブに到着して、上田さんに℡すると、なんと運転手さんが
私たち二人のために、もう一度パスを運行させてくれると・・・。
親切な運転手さんのおかげで、遅刻した私たちも登山バスに乗れることになった。

大船山の登山コースは主に3つか。一つは、前述の阿蘇野より黒岳を経由して(これが一番きついかな)。二つ目に坊がつる(キャンプ場)より。そして3つ目が竹田市側から。
竹田市側は、岳麓寺(がくろくじ)登山口から登るコースで、全長3時間半かかる。
今回利用する登山バスは、岳麓寺コースの途中までバスで登れるわけだ。
下車するのが、岡藩(竹田市)3代藩主、中川久清の墓、入山公廟(にゅうざんこうびょう)の近く。そこから山頂まで約1時間半。
これは、楽ちん。しかも、無料。

登山バスは、来年は、春から運航の予定か(今年大人気だったそうだ)。


心配をかけたにもかかわらず、暖かく出迎えてくれた上田家具製作所のオーナー。

ザック、服装等完璧にコーディネートされた、
すてきな山男。

ここから、いざ山頂へ。

登山道は押しなべて、歩きやすく、特に難所はない。葉の落ちた木々の間は、明るく眺望もよく、快適そのものだった。

岡藩3代藩主、中川清久の墓へ到着。


今後、この墓は整えられ、観光名所として位置付けられるようだ。

「日本一高いところに眠るお殿様に会いに行く」ツアー。


お墓から見える景色。


とても、歩きやすいコースだった。
私は、腰痛が心配だったけれど、問題なく頂上制覇。ママは体調が悪く、しんどかったとのこと。表情も、今一つ。


頂上から。下に見えるは、坊がつる。正面には、九重の連山が見えている。


これが、登山バス。
とても親切な運転手さん。
お世話になりました。

このコースは、お子様連れにもおすすめ。

いい汗をかいた山行きでした。

創めの第一歩 塚原パン小麦研究所№151

「園田しあわせ農園」での歴史的な第一歩が踏み出されました。

書き出しがちょっと格調高すぎか。
しかし、もしかすれば、そうかも、と思っている私。

しあわせ農園でパン小麦を栽培するために、準備を重ねてきたわけです。
九州産の「みなみのかおり」という品種は、この塚原には向いていないと「農業試験場」の
方にアドバイスされ、それでは何を栽培すればと探し求めたわけです。
その結果が、結構重大な未来を内包しているのではと、
今感じている私なのです。

どうも、塚原の気候は、岩手県の南部ほどの気候に近いのでは。
だとすれば、岩手県の「ゆきちから」ではどうなのか。
以前、「ゆきちから」で食パンをつくったことがあるが、まあまあの味だった。
そこで、「岩手県農産物改良種種苗センター」に問い合わせ、相談。
そこの方が親身に相談に乗ってくださり、2種類の種を送っていただく。

「ゆきちから」は、岩手県のパン小麦の主力品種。
では「銀河のちから」は、どういった品種なのか。

話は変わるが、オニパンでは「ユメチカラ」という粉を玄米生地で使っている。
これは、日本のパン小麦の歴史を大きく塗り替える新しい品種として登場したもの。
外麦(ガイバク)の持つ強いグルテンや硬質な麦質が大きくふわっとしたパン作りに欠かせないもので、内麦(ナイバク)は、どうしても小さく固くなりがちだった。味的にも今一つ。
「ユメチカラ」は、この国産小麦の常識を打ち破る「超強力小麦」。
その力が強すぎて、強いゴム風船が膨らまないように、その力を緩め伸展性のある他の小麦と半々に混ぜることで、外麦に負けないふっくらとした大きなパンをつくることができるというわけだ。(折々帳№94「国産小麦考」と合わせて読むといいです)

ユメチカラは、現在、市場でも大きく販売を伸ばしている。私が目をつけ購入した4年ほど前には、全く市場にも出回っていなく、値段も普通の小麦の3倍以上だった。

「銀河のちから」は、北海道産のユメチカラに対抗して、未来を切り開く新品種の期待を担って生み出された。ユメチカラとは、違う成分要素で、超強力ではあるが、うまくいくかどうかは使い方にもかかっているとのこと。
例えば米粉などと混ぜるとか、ミキシング時間や水分量をどうするかなどで、大きく変わってくる。まだまだ不透明な未来図。銀河の宇宙のような、未解明な世界。
しかし、製パン特性を調べた実験結果では、すでにパンとしての味や質は高く評価されている。
だから、取り扱い方次第で、もっと可能性が出てくるという意味。


おいしく安全なパンづくり。その前提として、小麦栽培がある。
その一端として、パン小麦の栽培をも試してみたくて、「塚原パン小麦研究所」を立ち上げます。

トラクターの扱いもままならない、この私が、やったことのない小麦づくり(過去2回あるが)
をするわけで、実る前に「鹿に食べられちゃった!」みたいなことになるかも。
「塚原パン小麦研究所」の看板を出そうかなんて、まだまだ先のことになるかもね。

しかし、「蒔かぬ種は生えぬ」。
足を一歩踏み出すことで、すでに「夢は現実」になっている。
質はともかく、実践こそが大切。
今年はだめでも、来年は数センチ先へ進める。

聞くところによると、由布市で小麦をつくっている農家はいないとのこと。
塚原で岩手のパン小麦ができれば、どなたかパン小麦を作る農家が現れるかも。
そうなれば、地産地消、身土不二。

そんないろんな夢を抱えての第一歩。
腰痛との戦いでもある。
オニパントピックスの栽培記録も合わせてご注目を。

頑張るママの近況 №150

気が付けばひと月以上の空白。書きたいことは山ほどあるが、とにかく忙しかった9月。特にシルバーウィーク前後の働き方は、過酷だった。火、水の定休日も祝日で営業だったので、9月17日から9月28日までの12日間休みなく働いた!オ~、ヘヴィ~!!

しかし、ありがたいことに、お客様もたくさん来ていただき、充実の12日間。
このハードな日々の合い中に、うちのママが誕生日を迎えた。

ママには、ずいぶんとお世話になりっぱなしで、今も相変わらずの状態。とにかく明るく、話好きで、今の仕事が天職ではないかと思われる。転職して天職に着いた感じかな。

大阪で30年以上暮らしていたせいか、どぎつい大阪弁がいまだに抜けない。言葉というのは思考回路や感性と一体な側面もあるのか、大阪的発想や感覚も同様にしみついているようだ。結構思ったことを、はっきり言う大阪人。その分あとくされはない。言うことと、思いがいっしょ。隠し事が苦手。お客様との対応にも、そんな大阪的な面が現れている。
大きな声で話かけ、笑い、帰るお客様を追いかけては話す。お客様と話友だちになるようで、
パンを買いに来るだけではなく、ママと話をするために来るお客さまも結構多い感じ。
オニパンカフェがここまで存続できたのは、はっきり申そう、「オニママ」のおかげと言っても過言ではない。

ママは昔から絶えず前向きな発言が多かった。「~しようか」と、誘いかけてくる。たとえば、
「次の休みは、走ろうや」とか「自転車で大分空港へ行こうや」とか「由布岳の東登山口コースのクサリは、簡単やで~」とか。

私からすれば、ちょっと、自分の立ち位置を見誤っているのではと思える節も・・・。
発言は前向きではあるが、「自転車が重たいので、何とかして」と私に押させたり、登山をすれば、岩肌の途中で、蝉のように動かずにとまっていたりする場合も多いのだ。

そんなママが、また私に前向き発言。「シルバーウィークが近いので、その前に、由布岳の東登山口のルートに行こう!」

そういえば、ちょうど一年くらい前に由布岳東ルートを制覇したっけ。あの時は、大変だった。
岩に張り付いていたママは、たまたま後から来たたくましい登山者に助けられて、岩を登りきった。もし誰も来なかったら・・・・。あの時のことを憶えているのかいな。

あれから一年。ママはシルバーウィークの後9月26日にハッピーバースデー。御年62歳。
腰が痛いとか、脚がつる、とか言ってんのに、大丈夫なのか。


由布岳東登山口ルートは、はっきり言って、相当いいのでは。
正面登山口のルートは、何度も行ったが、今は行く気がしない。
山の楽しさは、展望の爽快さ、変化のある道程などいろいろあるのだろうが、東は変化に富む。そして、絶景が広がる。
ロープやクサリが多いが、それがまた楽しい。何度も振り向いて、カメラに収めたくなる景色がある。
これを経験したのは、青空の中岳と涌蓋山。感動した。
由布岳東もいけてると思う。

おお、ママが先導しているぞ。結構急ではあるが、振り向けば絶景があり、さわやかな季節の山の空気が、疲れを感じさせない。

今回のママは足取り軽く進みゆく。

クサリ場もなんのその。ずんずん進みゆくママ。頼もしい。

 また別のクサリ場もこの通り。
落ちたら大変。
だが、楽しんでいる雰囲気がある。
まだ余裕。

後方に広がる景観の素晴らしさ。
城島高原などが見えている。

やまなみハイウェイを城島から湯布院に向けて走ると、途中「猪の瀬戸」湿原がある。
そこから正面に壁のようにそびえる雄大な由布岳が見えてくる。
その壁のようなところが、東のルートなのだ。

この場所は、由布岳のお鉢めぐりとの合流点。右に行けば「西峰」左は「東峰」。

このママの顔。どうですか、余裕あり!一年前の写真は、疲れ果ててました。

途中、お花もたくさん出迎えてくれました。

ちょっと紹介。


目出度く登頂!

頑張る誕生日前のママでした。

そしてシルバーウィークも終わり、一息ついて、ママの誕生祝いの会をひっそりしました。

瓦そばを私がつくりました。以前よりも上達。山口のTさんのおかげです。
そして、ママへの暖かなプレゼントもお客様よりいただきました。

「オニママ」また来年、東ルートに挑戦しましょうか。日々精進。健康第一です。