薪ストーブ点火!

憧れの塚原生活。その象徴ともいえるのが「薪ストーブ」。初めて泊まった貸別荘「どんぐり」のログのお部屋に薪ストーブがあった。私はインテリアなのかと思っていた。これが16年前。冬の塚原は、冷えると零下10度になると聞かされた。別府で生まれ育った私にとって、別府から30分ほどしか離れていない塚原が「雪国」のように言われるのが不思議だった。
塚原で暮らしてみると、なるほどと思う。昨年の12月の雪の量には驚かされた。朝起きると20センチ以上積もっていた。お風呂の蛇口が凍結で壊れ、水が噴き出している。ここはやはり別府とは違う!各家々の軒下にこ積まれた薪。その意味がようやくわかってきた。塚原生活にとってなくてはならないものなのだ。
そこでお話は今年の冬に移ります。前々前回にお話した、薪ストーブがやっと始動しました。
これには、オニパンのお客様であるTさんのご援助もあります。Tさん夫妻は、最近薪ストーブのあるお家に住まわれています。だから、私同様、薪ストーブに一方ならない関心を寄せています。オニパンカフェに来られた時、必ず薪ストーブのお話をされます。チェーンソウを使い丸太を玉切りするそうです。そして斧で薪をつくる。奥様のお話では、「性格もあってか、きちっと薪の長さを揃え、並べるんですよ。」
それを聞いた私は、その映像がすぐさま浮かんできます。きれいに並び積まれた薪がそれ自体で一つの絵になっている様。薪も多分、コナラ、クヌギなどずっしり重い広葉樹に違いない。コナラやクヌギなど、樹皮の質感がほんといい感じ。見ているだけで素敵と言おうか・・。
そんな刺激をもらい、その力を使って、私は重い腰をあげました。チェーンソウ(これが余り切れねえんだよな)をブンブンと数時間使い丸太を玉切り!
玉切りを広辞苑で調べると~「切り倒した立木の幹を太さ、曲り、欠点の有無、用途によって最適の長さに切ること。」とありました。
我がオニパン流の玉切りは如何に?
モー、大変なんだから。嫌になります。硬くて刃が立たない。それでも見てください。長さも大きさもバラバラですが何とか切断されています。


みてもお分かりのように、この木々は、切り倒されてから時間が経過しています。キノコさんのお住まいになっています。私は、こんな木はぼろぼろで軟いと思っていたのですが、違っていました。カテ―!。


お恥ずかしい話ですが、こんな状態で放置していました。2年以上。
見た目にも不細工。特に真ん中、上の方にある立木。これが目立って仕方がない。私は、この木をせめてもうすこし目立たないようにと切断に取り掛かりました。1時間近くウィ~ンウィ~ンとチェーンソウを回し続けます。途中でガス欠に、それでも補充して回し続け・・・。ママが「あなた、もう暗くなってきたわよ。近所迷惑だからやめなさ~い!」って叫びます。もうわたしの腕も痺れて限界状態。でも意地みたいになっていて、辞めることができません。(近所迷惑て言っても、近くは忘路軒ぐらいしかないし・・・・)、などと一人言い訳をしながら、完遂しました。

この写真は、翌日に取ったものです。あたりはうす暗くなっていました。玉切りが目的だったのに、いつの間にやら、話が変わっていました。この不細工な立木を何とかするのが、今日の最大の任務だと、全力を振り絞り・・・・。腰、腕、体中が痛い!ウう、今日の休日は、一体・・・・。休息になっているのか・・・。


しつこく写真をのせてきましたねえ。これでもかあ~ってぐらいに。私のその時の思いをわかってほしいから。
見てください。ちょっとわかりづらいかもしれませんが、切断面が、たくさん焦げているのです。火花がたくさん出ていました。ほんと、カテー!!


「玉切り」した薪は、こんな感じで、デッキに並べられました。おおよそ、薪小屋のイメージとかけ離れた映像。これがオニパン流です。この薪を抱えて、ストーブに放り込みます。結構一つで一杯に。なかなか火がつきません。

我が薪ストーブ「MORSO1620クリーンバーン」の説明として「・・・・・・・58㎝の長さの薪が入るので、薪を短く切るのは面倒だと言う方にはお勧めです。」
今になって、まさに私向きの薪ストーブだと思い知っています。しかし、この説明って、何か馬鹿にされているようで・・・、でもホント、私向きだ!

 2010年11月29日、薪ストーブに火が入れられました。
いったん火がつくと、よく燃える我が薪ちゃんたち。
このストーブの前で30分ほど、うつらうつらしお風呂に入ります。体の芯から温まっていて、着替えの時も全く寒くありません。
骨まで温めてくれる我が家の薪ストーブ。
色々苦労させてくれるけど、これが、まあ、豊かさの一つだと思って・・・・。

「玉切り」の疲れを癒しておくれよね。

今年の紅葉は2週間遅れ

あれから1年。確か11月3日の折々帳で、「雨のエコーライン」と題して、紅葉情報を流しました。
「今年は、どうなのか?」ちょっとそわそわしながら、11月3日(水)にも、エコーラインに出かけました。「う~ん、今一つだなあ。」あまりきれいではありません。まだ早いのかなあ。11月9日(火)にも出かけました。写真をパチリ。今年はこれで終わるのか~。

「エコーライン」なんて書いても、どこのことだかわからない方が多いでしょう。この道は、塚原高原から由布岳と鶴見岳の間を抜け、きじま高原や湯布院盆地へ行く4キロほどの道路です。

そして、昨日11月16日(火)、ママとエコーラインを通って、由布岳東登山口より日向岳、由布岳正面登山口までのトレッキングを行いました。

左の写真は、東登山口に出されているコース説明図です。右の山が鶴見岳、左が由布岳。現在地はちょうど真ん中。上下に伸びている道路がエコーライン。私たちの行ったコースは、現在地から、左へ伸びているコース。

さて、11月16日のエコーラインはどんな状況だったかというと・・・・・

この2,3日の冷え込みでグンと色づきが良くなった葉。紅葉は今が最高潮なのですね。

3時間近く歩いて、由布岳の正面登山口にたどり着きました。
そこに広がる景色は、これまた素晴らしいものでした。

このデジカメ写真とは全く違う、もっと
明るくきれいな景色でした。

今が盛りの紅葉も、きっとこの一週間で終わるでしょう。
塚原高原は、地味な茶で包まれ、大人びた静かな暮らしが訪れます。
それはそれで、またいいものです。

志高湖はいい

あ~申し訳ありません。折々帳二週間ぶりですね。10月、11月と忙しくなっています。
特に先週など「ど~も」というテレビに出たこともあってか、忙しい忙しい。二日あるお休みも3日(水)の祝日営業したため、仕込みの都合上、お休みがとれませんでした。

塚原での生活を夢見て、10数年前、土地を購入しました。目標をつくるのが好きな私は塚原を探索した折に、「塚原からのレポート(今後の計画)」をまとめました。昨夜、それを久しぶりにひっぱり出してきて、ママに見せました。日付は、2003年8月8日。
ママは、「私に見せたのは覚えているけど、内容は、憶えていない。」と・・・。まあ、大体そんなものです。私は、7年前一人で、塚原高原へ来て、前回の折々帳にも登場したログキャビン・トミに寝泊まりして、塚原をリサーチしていました。レポートには「終の棲家」
として塚原高原でどんな暮らしをしていくのかをまとめました。
項目は「なぜ塚原」、「なぜ店を(目的)」「人間らしい生活と文化」「追求する課題」
「店のイメージ」「今後の計画」

忙しい生活に振り回され、私たちはなぜ塚原に来たのか、そんな原点を忘れてしまいそうになります。限られた時間、人生なのだから、どのように生きるかを決めるのは、自分。世知辛い世の中、思うように生きられない現実はわかっていても、その基本に少しでも近づけるようにやっていきたい。

さて、またタイトルとは違った方向へ進みそうになっていました。今回は「志高湖」なのです。別府生まれで、別府育ちの私なのに、別府のこともあまり知らずに、育ってきました。「志高ユートピア」って、子どもの頃は言っていました。私にとっては大切な場所。なぜって、母親が一時期ここで働いていました。大学生の頃です。一度だけ、志高湖に来たことがあります。ボートに乗ったこと、母親に「アイス」をただで食べさせてもらったことしか記憶にありません。一体どこにあるのか、どんな景観でたたずむのか・・・・。ママと一緒に行ってみました。

曇った日だったので、鮮やかさは今一つの写真です。実際はもっときれい。奥に見えるのは、左が由布岳、右が鶴見岳。頂上のロープウェーも見えます。真ん中の小さな山は多分くらかど岳。

ほとりに、ボートの停泊所が見えています。楽しいのは、その近くに、アヒルやハクチョウが遊んでいて、とても人慣れしているのです。思わず写真を撮りたくなります。

湖のほとりには、きれいな舗装路が一周します。
とても気持ちのよい道。黒松、赤松、楓などが気持ちをホッとさせてくれます。
私とママはこの道をジョギングしました。一周1.8キロ。3週すると汗もしっかり出てきます。
ほとんど二人がジョギングコースを独占状態。大阪ではありえない贅沢すぎる状況でした。

今は、レストハウス(宿泊所)もやっていないそうで、ちょっとさびれた感じです。
「志高ユートピア」は、昔の憧れで終わったしまったような。なせぬ初恋に似ています。

塚原での生活

今日、急に冷たくなりました。朝、Tシャツでいたら、くしゃみが出てきます。寒くなると続いて考えることは、薪。塚原生活では、必需品とも言えるものです。薪ストーブに憧れて、寒い塚原生活を選ぶという方もいるようです。10数年前、初めて塚原に足を踏み入れた時、塚原の摘み草煎餅屋「ポコアポコ」の高橋さんが、「薪ストーブの火はいいよ。柔らかくて・・・」と仰っていたのが思い出されます。私は、それから、薪ストーブに関心を寄せるようになりました。
薪ストーブは、我がオニパンカフェのパン窯と同様、輻射熱で体を温めてくれます。(空気対流式ってのもあるのですが、とりあえず、我が家のストーブは輻射式)。石床のオーブンは、パンを表面から焼くというより、内部から温めてくれ、ふっくらと焼きあげる、そうそう、あの石焼き芋のような感じで焼いてくれます。輻射式の薪ストーブも、近くにいながら熱くはなく、じんわり体の芯から温めてくれます。薪の燃える炎を見ながら、もう、何の言葉もBGMもいらない、静かな豊かなひと時を醸し出してくれるのです。

シンプルな輻射式の薪ストーブです。これ一つで家全体を暖めてくれます。夜寝るときに火を消しても、朝、外が零下であろうが、家の中は10度以上というすぐれものです。
周りのレンガは、自分で貼りました。

そんな贅沢な時間を持とうと思えば、それなりの労苦も必要となります。お金を出せば薪は手に入りますが、自ら材を探し、薪をつくる、それこそが、真の贅を味わうことにつながると考えます。そのためには、木材を切るためのチェーンソウを使えねばなりません。日曜大工の好きな私は、不注意な性格も相まって、以前、木工の機械で人差し指の先を切り落としてしまいました。そんなこともあって、あの恐ろしいチェーンソウを使わねば薪ストーブを味わえないとなると、今度は指先どころか、腕の1本も切り落とす羽目になるとママが反対します。それで、チェーンソウの講座に参加し、資格を取りました。

チェーンソウの研修の際に勧められたゼノアの製品を買いました。今はもっと大きめのものを買えばよかったと思っています。まあ、でも、手軽に使えると言う点ではこれでいいのかな。

塚原には、都会生活に慣れたへなちょこの私から見ると、想像を絶する人たちがうようよいます。例えば、「ログキャビン・トミ」の富さん。塚原生活の第一歩として、自力でミニログハウスを建てていたときから、彼には大変お世話になっています。ログハウスの上部の壁の材が、半日掛かってもはまらず、途方に暮れていた時、彼はサルのように壁の上まで登って、材に全体重を掛けるようにぶらさがり、片腕一本で、重いカケヤ(木槌のバカでかいようなもの)を振り回し、ものの5分ではめてくれました。
またある時、お店のお客さんの薪の木材を譲ってくれるという話にのり、富さんを誘って、天ケ瀬という山の方へ行ったことがあります。残念ながら、大量の倒木は、すでに、だれかによって持ち運ばれていました。あきらめて帰ろうとした私ですが、どっこい富さんは違います。湿地の足を踏み入れにくい場所の倒木や、そこに生えている木を切り倒し、たくさんの薪材をとってくれました。
チェーンソウは、堅くなった木材を切ると、すぐに刃が傷つきます。私のものも、すぐに切れ味が悪くなり、役に立ちません。そんな時にも、富さんに相談します。目立ての仕方も結構奥が深い。

奥が深い目立ての方法ではありますが、底の浅い私は、簡単な目立てができる器具をハンズマンで発見!喜んですぐさま、購入。

こんな風に、薪ストーブ一つにして、色々と能力が必要になって来ます。そんな塚原生活を淡々とこなしている塚原の人たちは、ほんと豊かな人たちなんだと感心させられる日々なのです。

ライトクッペはメジャーデビューするのだろうか

パン屋に来られるお客様は、たぶん、心にお目当ての商品を持って、お店にやって来るのだろう。「あっ、アンデニ~があるぅ!」と叫ぶお客様がいる。アンデニッシュの熱烈な信者なのだ。
私は、オニパンが、スマップやTOKIOや嵐のように層が厚いものになってほしいと考えている。
「一体、何を言いたいの?」
そうですねえ、スマップを見ても、TOKIOを見ても、さらに嵐を見ても、もう、個人の人格というかキャラというか、グループを越えて、個々人のそれぞれの魅力がほとばしっているんですね。
慎吾(スマップ)にしても、長瀬(TOKIO)にしても、二宮(嵐)にしても、もうたまらなく魅力なのです。
オニパンで言えば、アンデニ~のように、ファンがつくパンをもっともっと増やし、それぞれが魅力的なパン格(人格)を持てるようになってほしいと、願っているわけです。
そのためには、明らかに他のパンとは違う、独自性、特長、個性が確立されることが大切です。私、マスターとしては、意識的に、そんな魅力あるパンを開発していくことで、オニパンの層を厚くしていかねばと考えているわけです。(なんか、ジャニーズ事務所の社長みたいな気分)
さて、そこで本題に入ります。以前より、密かに、静かに、先行的に、メジャーデビューを目指し、売りに出していたのが、何を隠そう、あの「ライトクッペ」なのです。
ちょっと、自信がなかった私は、遠慮しながら、お客様に「あの~、ライトクッペって、焼いて食べたらおいしいよ」なんて言って、少しずつ売りだしていました。
ところが、結構、反応が良くて、「とっても、おいしかった~」との声が出ます。
「う、もしかして、ライトクッペって、相当、いけるかも・・・」と考えた私は、ライトクッペの会を作って、支持者を広げてみようかと思い立ちました。
先ず二人、すぐに入ってくれました。その後山口県のHさんから、こんなメールが届きました。

早速ですが・・・ライトクッペ 素晴らしかったです!!!
ライトクッペ 万歳!!!
クレセントを初めて食した時も “素晴らしい!! 好みだ!! こんなパン食べたことない!!”と感服したのですがライトクッペはより私の好みでした。
トーストすると表面パリッで中はふっくら、断面を見ると渦巻状ということが共通ですがライトクッペの方がより空気層が広くなっているんですよね。
朝食の皿の斜め切りにしたライトクッペを見た娘が “わー 渦巻くるくるパンだ!” と言った時にはあまりのシンプル表現に失笑してしまったのですが、やはり断面の渦巻状態は愛らしいです。そして堪らない美味しさとなると愛すべきくるくるパンと思ってしまうのです。 HPに“地味な存在”と書いてありましたが、この素晴らしい食感に反応している人も多いのではないでしょうか。

この強烈なメールには驚かされました。
多分にお世辞も含まれているとは思いますが、嬉しかったですねえ。
そして、Hさんも3番目の会員に。

こんな感じで、現在会員は10名です。
メジャーデビューするには、私自身が、力を入れて、ライトクッペの生産数を増やしていかなければなりません。
ところが、作っているのは一日に3~4本ぐらい。そして、売れ残る日も多い状況。

ライトクッペは今後どうなっていくのか・・・。悩ましい存在です。