何かモヤモヤした日々 リアリティとは何だった

遙か昔になったのかなあ。学生時代が懐かしい。ちょうど半世紀。いやさらに2年前。浜省で言えば「19のままさ」。私にとって、最も懐かしく、今思い返すだけで涙が浮かんでくる。私が生きてきたそれまでの、少し薄汚れた心のキャンパスが、白く洗われ、そこに鮮烈な色彩やうっとりするような色合いの思想が描かれる日々だった。狭いボロ下宿で仲間と夜遅くまで話し歌い・・・。

議論の核心は「リアリティ」だった。アレはどうや、これはコウヤ、イヤそれはチガウゾとディスカッション。ともすれば空論、空想的な話になり、現実離れした話に終始。先輩たちはいつも「それはリアリティに欠ける」「それは科学的でない」「現実を見よ」「現実から出発しろ!」等と注意された。

学生時代に読んだ「実践のための哲学」という本は、わたしの生き方に強く影響を与えた。今までも折々帳などで書いたことがある。全ての悩み、課題、目標はどれだけ多面的に現実を捉えるかで必ず解決、行動の道筋が見えてくる。それは弁証法的唯物論という哲学を基本にした考え方。いまだにそこに立ち戻らねばと、ことあるごとに思い反省する。

最近の選挙の様相を見ていて、私が体験した学生時代のものの見方考え方とのギャップに驚きを感じる。否、驚きを通り越し危機感を感じている。例えば、兵庫県知事選。

さらに、「生活保護利用者『就職サポート』」という事業をパソナなどの大手派遣業者が大阪市とタイアップでやっているとの新聞記事があった。様々な事情で生活保護を受けざるを得なくなった弱者を「就職サポート」するという。聞こえが良いが、立場の弱い人の希望を無視して、「サポート」するので離職が7割を超えているとのこと。こんな現実が日本にある。行政はどうして、人を食い物にして利益を上げる企業に加担するのか。人の心を夢や希望を、リアルに捉えているのか。

例を挙げれば切りがないのだろう。たまたま目にする事例を見ても、リアリティに欠ける事態が横行している。このモヤモヤをなんとか晴らしたい。澄み切った秋晴れに。

朝っぱらからついぐちっぽいInfoに。インフォメーションとすれば、「カレー全国展開」の進捗状況を。

カレーの食べ方をこんなパンで。ママがもっと強く焼いた方がいいと言ってた。確かに。このパンの食べ方は、クルクル巻きの生地を剥がして食べる。結構美味しかったぞ。