蘇るか玄米生地 

玄米あんパン 玄米食パン|オニパンカフェじゃがチーズ白黒玄米生地は、オニパンの個性の象徴みたいなものだと、自負している生地です。由来はご近所の糖尿病の疑いのあるお客様のご依頼からスタート。あーでもない、こーでもないと考えてやっとたどり着いたものです。基本は体に良い生地というコンセプト。それで、原材料として考えたのが、

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①全粒粉 ②五穀米 ③クルミ ④国産玄米粉 ⑤熊本産みなみの穂 ⑥北海道産ゆめちから(上の写真)  あと⑦塩 ⑧太白ごま油 ⑨天然酵母(あこ、オニ) ⑩水(塚原の湧水)

こだわりぬいた原材料です。できたパンのお味は、食べていただければわかるのですが、香りがよく、奥のあるうま味、ほのかな甘さ、しっとりとした生地となりました。ただ玄米粉が入っているので、翌日は若干固くなります。そこで焼いていただくと、うま味がもどります。

この玄米生地が4月突然おいしく焼きあがらなくなりました。膨れず、小さくなったり、硬くて酸っぱくなりました。発酵時間や発酵温度を変えてみたり、ミキシング時間を短くしたり、その原因と思われることを想定して、製造法をいろいろと試してみました。しかしうまくいきません。できたパンを食べては、商品にならず、店頭に並べられない日々が2週間ほど続きました。変だ、今まで何の問題もなくできていたのに・・・・。

原因の所在がはっきりしなくては対処の仕様がない。ふとママが、「粉が変なのでは」とつぶやく。製粉所は江別製粉。有名な江別製粉に疑いをかけるとは・・・さすが恐れを知らないママらしい。しかし思い当たる節もある。というのは、新しく購入した「ゆめちから」を使いだしてからこんな状況が続いている。南の穂は普通の強力粉で、どちらかというと超強力粉のゆめちからがパンを大きくふくらます効果を出すわけで、疑わしいのは「ゆめちから」のほうだろう。材料を疑うという発想の転換から、業者に問い合わせてみた。卸の業者を通じて、江別製粉に問い合わせると、なんと今回の粉は、新しく収穫した小麦を製粉したものらしい。昨年度のものとは違うと判明。天候の影響で(雨が多かった)本来超強力粉であるはずのゆめちからがそうはなってない可能性もあるらしい。

小麦粉には薄力、中力、強力と三種類ある。それは含まれているたんぱく質の量によって呼び方が変わる。それは用途によって、粉の種類も変わるわけで。例えば、お好み焼きには薄力粉、うどんには中力粉、そしてパンなどには強力粉みたいに。たんぱく質にはグリアジンとグルテニンという成分があり、その二つの成分が水によって混ぜ合わされ、グルテンという物質に変わる。グルテンが形成されることによって、小さな風船がパン生地として無数の気泡を構成し、そこに酵母によって生み出されたアルコール炭酸ガス、様々芳香の気体が充満し、パンを膨張させていく。だから、繊細な精緻な上質のグルテンの気泡が作られることによって、柔らかな滑らかな触感のパンの生地が生み出されるというわけだ。このグルテンの形成に必要な要素として、水、温度、ミキシングの量などがある。その兼ね合いを探り当てることがパン職人としての技量ともいえる。

当然上手にグルテンが形成されたからといって、うまいパンができるわけではない。それはいわゆる土台、基礎であってその後の発酵過程そして最後の焼成過程はそれ以上に複雑で難しい。しかし基礎ができてないと、家もそうだが、まったくお話にならない。パンにならない。今回の問題はそういう種類の問題だったわけだ。

業者のS氏(営業担当)は、会社に勤めて40年になる。会社の生き字引的存在だという。S氏の凄いところは、お客(私)の質問や要望に即座に対応するというところだ。当たりはずれはあるものの、その誠実さは学ぶところ大だ。今回も難しい私の要求に対してあいまいにせず、対応してくださった。江別製粉の研究開発室のチーフから電話があった。企業の研究所の責任者だ。私の予想していたことは、その通りだとのこと。たんぱくが低いとはいえ、他の国産小麦よりは強いとのこと。ほぼ12%らしい。この対応には、給水量を落として、ミキシングするしかないのではとの指摘だった。原因が明らかになることによって、対策は立てられる。その後、62%だった給水量を56%に落とし、ミキシング時間も変更して試している。ミキシング時間は10秒単位での変更。それぐらい生地の仕込みは繊細な作業でもある。

しかしまだ玄米生地は完ぺきにできているとはいいがたい。まだ毎日玄米生地とのにらめっこは続いている次第。

熊本地震!湯布院の今、オニパンカフェのこと。ご心配かけています。

4月14日の夜大きな揺れ。マグニチュード7.3。慌ててテレビをつける。震度7とは。阪神大震災と同じではないか。塚原高原は震度5くらいか。熊本は大変なことになっているはずだ。

金曜日お客様は少なかった。しかし、のどかな時間が流れて行った。土曜日は天気が良いらしい。きっとお客様も来るだろうと、結構多く生地を仕込んだ。天然酵母は、発酵時間を長くとるため、イーストと違って前日仕込みとなる。当日の状況を見ながら、追加で生地を仕込んだりできない。お客様が多く来れば足りなくなるし、少なければ余る。生産の調整は出来ない。

土曜日の深夜激震が走った。1時25分くらい。大阪で経験した阪神大震災の時の揺れをはるかに超えていた。下から突き上げてくるような振動と横揺れが交錯している。長く続くのでママと外に出る。月夜で明るい。避難グッズを準備していないいい加減さ。懐中電灯もなく、ラジオもなく。停電していない。テレビをつけ、部屋中明るくする。ちょっと揺れがおさまってから状況を確認。コップやボトルなど小さなものが棚から落ちている。冷蔵庫が移動したりいろいろあるが、幸いなことに機械類は動いている。トイレや水のタンクなどが壊れ水が出っ放しになっている。コースケやリー(猫ちゃん)が、パニックになっている。リーを部屋から出すと暗闇に消えて行った。リーはそれから二日間帰ってこなかった。

いつも4時から仕事を始めている。その日も機械は動いているし、水・ガスも出るので仕事を始めた。京都の娘から電話がかかってきて、「火をつけないで」と注意されたし、ママも危ないと言ってくるし、振動が来るたびにオーブンの火を消しながら仕事を続ける。清家さんと坂口君には、危ないから明るくなってから、気をつけて来てと電話する。いつもは5時前にやって来る。その日は6時過ぎに来た。つくるパンのメニューを大幅に変更。今日はお客様が来るはずがないので、避難所の皆さんが喜んでくれるようなパンをたくさん作った。アンパン、バターロール、クロワッサンなど大量に作った。つくっている最中7時過ぎだったか、真下から突き上げてくる大きな振動が10秒くらい続いた。それは震源が由布市直下のものだった。私は、成形したフランスパンを載せた板を(60センチ×80センチ)を抱えていた。落してはならじと、バランスを取ながら揺れがおさまるのを待った。デニッシュをつくっていた清家さんは、パイルームから出てきて、「マスター、上の棚から箱が落ちてきて、頭に当たった!」と言ってくる。中身が軽いものだったので、幸いけがはない。そうこうして、たくさんのパンをつくっていった。

 

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塚原店に20個ほどパンを並べ、別府店用のパンをとった残りの200個くらいを湯布院小学校の避難所へ持っていく。

突然持って行って、邪魔にならないかと気を遣ったが、大変喜んでいただけてよかった。避難所はたくさんの人たちでごった返していた。

電話で連絡を取った友人の家が大変そうなので状況を伺いに行った。湯布院盆地の真ん中を流れる大分川(の上流)の川南(南由布)にある友人宅。その道筋は道路がひび割れたり、石垣が何か所も崩れ、瓦屋根が落ちている家が多数。塚原とは比べDSCN3632られないほど被害も多そう。

その友人宅は、水屋箪笥などすべてが倒れて、ほとんどの食器が壊れていた。幸いなことに寝室に家具がなかったそうだ。

手伝おうかと言ったが、朝から気を張り詰めて片付けていたからか、もう今日はしないと疲れた顔で言う。

本震当日(16日)よりたくさんのお見舞いや励ましの℡、メールが届く。今日は20日だが、相変わらずの状況で、こんなにたくさんの人たちに支えられているのかと感謝の気持ちでいっぱいになる。

日曜日、観光協会の事務局の方が被災の状況を聞きに来る。オニパンは大したことがないと報告。その事務局の方に、お宅はどうなのかと聞くと、アパートの1階にいるのだがつぶれそうで、避難所で寝泊まりしているらしい。お風呂、水、食べ物に困っているとのこと。湯布院は2か所避難所があるそうで、私は湯布院小学校しか知らなかった。翌月曜日、「川北」にある避難所へパンを持っていくDSCN3637ことにする。

 

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火曜日、この間の疲れで頭が重い。朝から、ベーコンの豚バラブロックを大分の公設市場に買い出し。オニパン商用車バモスのタイヤ交換、眼科での定期検診、歯医者での治療を終わらせ、夕方から湯布院盆地の被災したお店(卸などでお世話になっているところなど)等をお見舞いに回る。玉の湯さんに伺うと、社長、大女将をはじめ経営陣が居合わせていて、そこで状況を伺った。亀の井別荘さんのフロントの方と話して、厳しい状況下即営業を開始していくとのことを伺っていたが、玉の湯さんも今日、水曜日から始めるとのことだった。始めるといってもお客様がほとんどいない中、気持ち的に前向きにやっていくとのこと。ゴールデンウィークを前にして、一番の稼ぎ時に、由布院は歴史的な静けさを味わうことになりそうだ。平日でもにぎやかな湯の坪どおりが、日曜日でもほとんど人が通っていない。近頃食パンを卸し始めたコミチカフェさんにも行く。お店のママは「こんな静かな湯布院は知らない」と話した。せめてゴールデンウィークが過ぎて起きてほしかったとも。

河野養鶏さんも深刻だった。一番の取引先の「ゆふふ」は、こんな状況なので当然製造量を控える。しかし、地震が起きてもニワトリさんは毎日卵を産む。売れないのも困るが、余るのももったいない。どうしようもない状況だとのこと。湯布院には100以上の旅館がある。その旅館とかかわる食関係の卸のお店は、取引停止となって大変な状況となっている。さらに観光客が来ないのでお土産や食べ物屋などのお店関係は大打撃となる。

オニパンにしても同様。何がつらいかというと、固定費。4人のスタッフの人件費、別府店の家賃や水光熱費などパンが売れなくても出ていく経費は待ってくれない。大企業ではないから内部留保みたいなものもなく、月々やっとでやりくりしているお店は、廃業に直面してくる。サラリーマンをやめて自営になってから、その大変さを最近ひしひしと感じていた矢先、災害一つで首くくることが他人ごとではなくなった。

支援にも色いろとあっていい。体や心の傷は一番つらい。しかし生活している人々にとって一番の不安は、これから仕事がどうなっていくかということ。経済って大事なことだ。食べ物、ライフラインは基本だが、今の湯布院にとって必要なものは、お客様がやってくることだ。最大の支援は、物を買ってくれること。全国で今、注視されている被災地の支援活動として、その点にも目を注いでほしいと思う。

蘇るブラパン号 (ブラックセローオニパン号)№159

18歳のころからバイクのお世話になってきた。通勤、遊び、趣味と車以上に活躍してきた。バイクなしに私の人生は語れない。ただ乗っていただけなので、深~いものは持ち合わせてないが。テクニック・・Oh、No. カスタム・・ちょっとだけね。数・・結構乗り換えたねえ。多いときは3台もってた。10数台乗ってきたけど、結局私に合うのは(と言うかこの年でも乗りやすいのは)セローだと思っている。ヤマハのセローは実に乗りやすい!

[#Beginning of Shooting Data Section] Nikon CoolPix2500 2003/08/02 11:49:42 JPEG (8-bit) Fine ‰æ‘œƒTƒCƒYF 1024 x 768 ƒJƒ‰[ ƒRƒ“ƒo[ƒ^ƒŒƒ“ƒYF ‚È‚µ Å“_‹——£F 5.6mm ˜Ioƒ‚[ƒhF ƒvƒƒOƒ‰ƒ€ƒI[ƒg ‘ªŒõƒ‚[ƒhF ƒ}ƒ‹ƒ`ƒpƒ^[ƒ“‘ªŒõ 1/241.5 •b - f/4.5 ˜Io•â³F 0 EV Š´“xF ƒI[ƒg ƒzƒƒCƒgƒoƒ‰ƒ“ƒXF ƒI[ƒg AFƒ‚[ƒhF AF-S ŠK’²•â³F ƒI[ƒg ƒVƒ“ƒNƒƒ‚[ƒhF ƒm[ƒ}ƒ‹ “dŽqƒY[ƒ€”{—¦F 1.00 Ê“x’²®F 0 —ÖŠs‹­’²F ƒI[ƒg ƒmƒCƒYƒŠƒ_ƒNƒVƒ‡ƒ“F OFF [#End of Shooting Data Section]この写真は2003年のもの。オニパン看板のところにある欅の木がこんなに小さい。セロー一人旅で、購入した土地へやって来た。このセローは旧式で215cc。思い出としては、購入してすぐ、トライアルの競技コースに挑戦し、コースから崖下に転落して膝を負傷。運動会での踊りの指導ができなくて、みんなに迷惑をかけたことかな。しかし、セローの運動能力の高さに驚いた。それから8年後、お店を開店して3年後くらい。ずーと一生乗り続けられるバイクを求めて、鹿児島までママと旅を。そのバイクはセロー250.新車を買う馬力もなく、また買ったとしてもあまり乗れないので(だってバイクに乗る時間も必要性もないので)中古で良さげなものを探していて、鹿児島の日置市で見つけものだ。

DSCN2831旧式セローとは全く別物で、パワーもありつつ、乗り心地もいい。このバイク5000キロの搭乗距離。そして現在は7000キロチョイの状態。5年間で2000キロ走破!いかに乗っていないか、そしていかに無駄に税金を払っているか。しかも、この4月より250ccは、1200円くらい税金がアップ!。もうアップアップ状態。ただただバイク人生を終わらせたくない老人の妄想、執念なみたい。一年間でのるタイミングといえば、夏休みの一人旅行ぐらい。たまにしか乗らないから、調子ももう一つ。バッテリーはすぐ上がる。2週間ほど前セルモーターの調子が悪く、修理代に2万円。もういや!!!、っていう状況。

乗らなければ確実に調子悪くなるだろう。ではどうしたら乗る時間を確保できるだろうか。考えた。う~んと考えた。じっくり考えた。その時キラリとひらめいた。それは、通販や卸の配達のこと。週に何度も通販で郵便局へ行っている。湯布院の郵便局は駐車場が信号のすぐ手前で、非常に使いづらく、市民からも不評。私も大変困っている。そうだ、自動車をやめてバイクで行けば・・・。しかし、バイクに載せられる通販の箱は1~2個ぐらいか。無理か。いや待てよ大きなリアボックスをつければもっと積載できるな。でも大丈夫なのか。法律的には~~?

調べてみると、バイクに固定されている積載器より後ろ30センチ、左右15センチまでOK。  ボックス自体もゴムなどでくくりつけていないものであれば(何か工具を使わないと取り外せない)積載器に入るとのこと。高さ2メートル以内、左右1.3m以内であればいいみたい。そういえば、大阪にいたとき、有名なひげを生やした市会議員がいた。その人は、でっかいコンテナボックスを荷台に取り付けていたっけ。ちょっと恥ずかしいくらい大きな。いつでも、そのバイクで走っているので、やたら目立っていた。よし!それよりでかいボックスをつければ、通販の箱も6~7個でも運べるぞ。

DSCN3573先ずは板をボルトで固定。

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家にある一番大きなボックスをつけてみた。しかしこれでは2~3個が限度かなあ。そして1週間が過ぎた。次の休日。コメリに行くと、目に着いたものが、セメントなどをこねるトロ舟。中ぐらいの大きさが、いい感じ。しかもブラックカラーだ。これはブラックセローにもってこいでは。早速家で作業。

DSCN3577でっけー!。あの髭の市会議員に勝ったぜ~!!(ということは、周りから見れば「超恥ずー」)そんなこと言ってられねえ。愛車の健康とパン屋の仕事のためと思えば、人目なんて気にしてられっか・・・・・・・・・・・・。

DSCN3572こんな風にでかい通販の箱が2段で入れられます。大きな番重もなんと二つ入るんですよ。立派でしょ。

DSCN3578後ろの留めねじも赤で塗りましたよ。まるで、鬼の牙みたいでしょ。

DSCN3580前から見たら案外かっこよく見えますよね。だんだん見慣れてくるから不思議ですね。名づけて「ブラパン号」。こんなバイクが走っていたら、「あっ!オニパンマスターだ!!」と手を振ってみてね。それはうそ。恥ずかしいから知らん顔しててください。

 

 

 

餡子の話

さかのぼれば12年ほど前か。まだ小学校の教員をやっていたころ、初めてあんこを作った。年に2回ほどあった個人懇談の行事(三日間ほど)の時だった。父母との懇談は結構な時間と労力が必要で、教員のみんなも相当疲れてくる。そこで、私が提案して、懇談のない担任外の先生の協力を得て、パンづくりをし、みんなに差し入れをしようと考えた。当時もいろいろとパンは作れたが、(疲れがとれてほっとするパンってなにかなあ~)と考えたとき、思い浮かんだのは、アンパンだった。それなりに努力はしたが、あんこづくりはそんなに簡単にいくはずもない。とりあえずできた。それを皆さんに食べていただいた。教頭先生が「おいしいアンパンだった。」と、そう感動的でもなく言ってくれて、微妙な喜びを感じたことを思い出す。

大阪門真市で約30年小学校の教員をした私。最後に勤務した小学校は、京阪電車「萱島駅」の近くの小学校だった。大昔、門真市はほぼ海で、淀川などで運ばれた土砂が徐々に堆積され現在の地形を形作ってきた。湿地帯だった門真の特産物として「レンコン」は、江戸から明治にかけて日本一だったといわれる。門真のあちこちに大きな楠の樹が点在する。これは、淀川の氾濫に苦しめられてきた門真の人々が、土地や暮らしを守るために堤を造り、その堤をより強固にするために楠を植えたからだ。「まんだの堤」と言えば、あの日本書紀に出てくると言うほど歴史的な文化財で、北河内の方では知らない人はいない。あんこの話が、突然、門真の歴史に変わるのかというと、もちろんそれには深い意味が。この萱島駅のすぐ隣に「まむた」という和菓子のお店がある。

このお店の社長が、たまたま勤務していた小学校のPTAの副会長となった。私もPTAの書記として、社長さんと懇意になった。色々とお話を伺う機会もあり、お店の話もしていただいた。「まむた」の「楠どら」は、人気商品でこの辺りでは有名などら焼きだ。社長はとても気さくで、社会見学としてお菓子の製造の様子も子どもたちに見せてくれた。そんなまむたの「楠どら」は・・・・・、はっきし言って、「日本一」のうまさ!こんなおいしいどら焼きは、どこに行っても出会えない!!

この写真は、オニパンのお客様で、私がまむたの楠どらを以前あげたことがある方が撮ったものだ。その方は「うまい!」と絶賛。それから数年たつと思うが、そのことを憶えていて、大阪へ行った際立ち寄り、最近「楠どら」をお土産に持ってきてくれたというわけ。

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ちなみに「まむた」というのは「まんだ」の別の言い方で、昔の北河内周辺をそう言ったそうだ。

オニパンカフェを開いてパン屋をスタートさせたのがほぼ8年前。意欲に燃える「若かった」私は、おいしいアンパンを目指し、あの「個人懇談」以来の製造に励んだ。知人の和菓子職人に聞くと砂糖は「ざらっとしたものが、すっきり上品になる」と聞き、白双糖を半分入れることに。あと半分は三温糖にした。三温糖は、旨みが出せるからだ。いろいろと作り方を変えながら、試行錯誤。しかしなかなかおいしい餡子は出来なかった。こまって、別府の和菓子のおばちゃんにそれとなく聞いたりもした。しかし、詳しく自分のお店のレシピを教えてくれるわけがない。「何度あく抜きをしてます~?」なんて、素人顔して聞いても「あんまりせんほうがええ」程度の教示。

昔からの友人が来て、お店でアンパンを食べた。その友人私を呼んで耳打ち。「おい、日浦、このあんこ水っぽいぞ。」その一言で、私はアンパンを出せなくなった。

近所に住むぼたもちづくりをしている人に「餡子作ってくれませんか」と尋ねたこともあった。しかし、採算が合わないしなあ~。どうしたものか。やっぱりやるしかねえべ。

こうして3年くらい過ぎる。日々の積み重ねは、ただ黙ってそこにいる対象物ではあるが、いろいろと情報を発信してくれている。そしてじょじょに物事の仕組みを教えてくれる。塩の量はこれくらいとか、もっと練ると色や舌触りが変わるよとか、出来たと思っても一晩おいて翌日また練るとさらになめらかで旨くなるよとか。こうして、何とかおいしい?餡子が作れるようになってきた。

うちのママの姉から贈り物が届いた。3~4年前のこと。それはまむたの「楠どら」だった。私がうまいとよく言うDSCN3461ので、萱島の近くに住んでいるママの姉が気をきかせて送ってくれたのだ。まむたの社長がこんなことを言ってたことを思い出した。「あるとき原材料を入れるのを間違えたことがあった。失敗したと思って食べてみると、これが案外うまいではないか。それで楠どらの味が変わった。」私は楠どら
の包装に書いている原材料名を見てみた。するとお酒が中にあった。へえ~お酒も使ってるんだ。ちょっと違うかもしれないが、お酒も餡子に入れてみよう。そんなこんなで、確実に進歩してきたオニパンの餡子。自分の舌で味わって、「おいしい!」と思える餡子に育ってきている。私の子どものような餡子。

今、試行錯誤しながら取り組んでいるのが、黒豆。これもなかなか手ごわい。少しずつおいしくなってきている。これも繰り返しの取り組みで、確実においしくなるはず。何でも、継続とそれにつぎ込む情熱と工夫のエネルギーに比例するはずだから。DSCN3493DSCN3494

蘇るトヨトミ RCA-26 

寒~い12月のある日、突然工房の暖房が途絶えた。後でわかったのだが、その原因は温水ヒーター(お湯を送ってその熱源をファンで飛ばすという方式)のポンプが動かなくなったとのこと。工房はどんどん冷えてくるし、そうなるとパンの製造にも影響が出てくる。慌ててプロパンのガスファンヒーターを持ってきて暖を取った。そのヒーターもプロパンガスが残りわずかだったので、翌日には使えなくなった。温水ヒーターのポンプは翌日に修理対応してもらえたので、何とか難を乗り切ることができた。

こんな突発事故の後、正月明けのお店開きの時、またしても不都合に直面。それは、ぜんざいの振る舞いの時、ロケットストーブで鍋を温めたものの、あまり上手にできなかった。ロケットストーブは、気分屋なのか、熱く燃えたり意気消沈したり・・・・。

この二つの体験からさらに浮かんできた不安、それはもし災害などでライフラインが途切れたらどうしたものかということ。暖を取ったり、お湯を沸かしたりできるストーブがあれば・・・。思いついたら行動の早い私、我慢できない性分。早速ホームセンターへ。しかし、今時の石油ストーブは、ファンヒーターみたいな感じで、上に鍋など置いて煮炊きするようなタイプがない。火鉢みたいな煮炊き用はあったが、「煮炊き専用」なんて書いてあって、暖は取りにくいようだ。

そこで次の行動。得意のリサイクルショップめぐり。二つ回ったがない。そして、最近。大分の大きなリサイクルショップで見つけましたよ。それも、なんと、以前家で使っていたことがある同じタイプの石油ストーブ。多分多くの家庭で使用していた普及品。錆びて汚いものだった。「オッチャンいくらかね。」「2000円じゃ。」(おっ、安い)と思ったが、そこで出たセリフはいつものごとく「もちょっとまからんかい」   オッチャン「う~1500円」   私「じゃあ買うわ」。  1500円払ったが、オッチャンは「芯が古いで、替えにゃあつかんよ。」  「どこに芯があるんかい」  「ホームセンターとかうっちょるんじゃあないかい。」

そこでホームセンターに行って聞くと、タイプが古いので芯は取り寄せとのこと。付け替えるためにストーブを送って芯を付け替えてまた送り戻すとのこと。(うっひえー、それって、すごくお金がかかりそう)  「もういいですわ」と断ってホームセンターを出た。

それからオニパン別府店の近くの有名な雑貨・金物屋に行って聞いてみた。社長曰く、「以前は、芯の交換ができる専門職員がいたんやけど、その人がやめたので、今はできんなあ。」だって。     なんかえらい大変なストーブを買ったのかなあ。  憂鬱になった。

それから2週間ほど錆びた汚いストーブは放置。ヤフオクで、中古ストーブを探すと、多少値段は高いが使えそうなものが出ていた。これを買えばよかったかなあと後悔。でも、ストーブ買ったしなあ。もったいないなあ。 自分で芯交換出来たらなあ。 あきらめかけた替え芯のことを思い出し、ネットで調べてみた。す、すると、芯交換は素人でもできるとの情報あり!  できるんや、自分でできるんや! なんや、何で気づかんかったんや。

それからは、早かった。替え芯を探し出し、新品を注文。今から30年近く前のものだが、「トヨトミ」は、在庫がある。えらいねえ、立派な会社だ。送料込みで1800円くらい。

長い前書きでした。トヨトミRCA-26のお披露目です。DSCN3372「おっ、これかあ」と仰る読者様もいることでしょうね。昔よく見かけましたね。耐震消化装置付き!すげーって思ったことを憶えています。そして自動点火装置も!正面右側のコックを左にスライドさせると、真ん中の燃焼ロケットみたいな所が左に首をかしげてその隙間に見える芯に赤くなったコイルがくっつき、火が付く。すごいのですが、全部故障してました。ストーブをすべて分解しオーバーホール。錆もとり、点火できるようにしました。耐震装置も復活。決して難しくはなかった。点火装置も豆電球の回路の知識があれば直せるほどのもの。分解掃除で構造が良くわかりましたね。アナログはいい。永久に使える。

DSCN3373どうですきれいな火でしょう。全くの新品状態。

DSCN3375このストーブの良いところは、上で煮炊きができること。しばらくするとやかんの水は沸騰しました。火加減も上手で、保温状態にもできます。

DSCN3378暖の質はというと・・・リーちゃんがやってきて、くつろぎました。猫は正直。心地よい暖かさなのでしょう。1時間に一回換気は必要ですが。12月から続いたストーブ騒動はこんな形で決着です。あきらめんで良かったわあ。