農業従事と登山が休日の基本スタイルか・・・  パン屋の休日 №172

1か月も折々帳を記していない。書くことがないわけではない。むしろ逆で、仕事に追われている。その一つは、畑の仕事。タマネギの苗を700本植える。ほとんどママがやる。昨年は、マルチが強風で吹き飛ばされ、玉ねぎさんたちはあんまり大きく育たなかった。採れるのはとれたが、小さいもんで、カレー作り(カレーパンの具)のとき、作業が大変めんどくさいものになっている。それで、今年はマルチの端をしっかり土の中に入れ込んだ。kimg04951

ソノダハッピーファームは、現在参加者を募集している。農園の広さは、5反(5000㎡)。これから参加するといっている方が2名いらっしゃる。それでも、まだまだ農地に十分余裕がある。

ちなみに、オニパンカフェとして使う農地は、左の写真にある30メートルの畝が10本。そしてやく1000㎡の小麦畑。結構の広さだ。

つくろうと思っているのは、手のかからないもので、お店の役に立つもの。タマネギ、ジャガイモ。昨年はジャガイモがたくさんとれた。これもちょっと小ぶり。しかし役に立っている。そして、ニンニク。サツマイモ。サツマイモは、全部シカに葉を食べられた。小麦もすべてシカに食べられた。今年は鉄柵があるので、大丈夫と思うのだが。

パン小麦は今のところ順調に育っている。背丈は10センチ未満。二葉期。三葉目が出かかっている感じ。

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昨年に比べれば、トラクターの運転は上達している。播種もほぼきれいにできた。今後の予定は、踏圧(麦踏み)を三葉期~五葉期の間に3~4回することや、追肥をすること。昨年は原っぱカフェのウーハーさんに助けていただいた。その後見事にシカに完食されたわけだが。今年は農機具のバインダーを動かし、バインダーのタイヤで麦踏みをしようと考えている。農家の方に教えていただいた。そうすれば、一人でもできそう。いろいろあるんだね、やり方は。何の世界でもそうだが、素人とプロでは大違いだな。

さて、話は変わって休日のもう一つのメインプログラム。ほぼ毎週のように軽登山をしている。なぜって?何度も言うが、パン屋は足腰が基本。だから、足腰を鍛えていないと、日々の労働ができない。それはそうだが、やはり、登山はいい。楽しみは、いい汗と眺望、そして休憩の食事や間食。終わった後の充実感やお風呂の気持ちよさ。年にもめげず、動けた登れた制覇できたというささやかな自信と喜び。年を重ねていくと、若いころには感じなかった、健康に暮らせることの喜びをつくづく思う。今はフルマラソンを走れなくてもいいと思う(今まで5回完走)。走れるわけはないが。それでも、1時間でもジョギングができれば、とてもうれしい。これが、80まで続けられれば、生涯現役へとつながっていくわけだ。どうなるかわからないが、とりあえずは日々の継続ってわけだ。

ジャランという雑誌があるが、そのジャランの取り扱っているネットの食べ物のサイトがある。我がオニパンカフェも結構いい評価で出ていた。口コミが7件あった。うれしいものだ。どの口コミも褒めて書いてくれている。タイトルを見ていくとこんなものがあった。「なかよし老夫婦の森のパン屋さん」。・・・・・。がっくり。そうか…老夫婦なんだ。若い人から見ればもう老夫婦なんだ。若いと思っていたころ、「兄ちゃん」じゃあなくって「おっちゃん」って呼ばれたときのショックを覚えているが、それにもまして、ショックを受けた。しかし、現実を受け入れなければならないか。ママにも言ったが、これからオニパンを紹介する際「なかよし老夫婦の森のパン屋さん」で行こうと思う。ママとも喧嘩を控え、「なかよし老夫婦」路線で行くか。

さて、そんなわけで、なかよし老夫婦は先週の水曜日、伽藍岳西峰へ。伽藍岳はわかりやすく言えば、塚原温泉がある山だ。いままで2回登ったことがあるが、あんまりおもしろいとは感じなかった。それよりも、塚原越から分かれて、内山・蔵かど岳へと登るコースの方がハードだし、眺望も良く楽しめる。しかし、オニパンのお客様から「伽藍岳西峰はいいよ~」との情報を以前聞いたことがあった。行ってみようかということで、塚原温泉下の登山者用駐車場へ車を停め、登山開始。

伽藍岳頂上の手前で西峰への分かれ道を発見。リボンがたくさんある。しかし、それから先は、日頃より登山者が少ないようで、気を付けていかないとリボンを見失いそうな登山道が続く。まあ見失ったとしても、ほぼ尾根沿いに西に向かえばいいのだが。伽藍岳頂上を目指すコースは見通しも悪く頂上に着くまでただ上る感じだが、分かれてからの西峰への道筋は、わくわくするような眺望が広がる。kimg05101これは、塚原温泉上の火口。乳清色の地獄が眼下に見える。見学料(たしか500円か)を払わなくてもしっかり見れる。

 

この写真は、ガスの先に見える大きな影が内山。そして先に蔵かど。さらに先に小さく見えるのが鶴見山。頂上にうっすらアンテナが見えなkimg05311いかな。この写真の右側が塚原高原、左側は別府湾側。この場所でガスを見るとおもしろい。何がって?伽藍岳から鶴見山へと続く山々が壁となっていて、別府側と塚原側をくっきり隔てる。別府側はガスって曇っている。しかし、塚原側はガスもなくよく見えている。内山や蔵かど岳は本当に薄っぺらく壁か屏風のようだ。まさに壁一枚隔てて、塚原と別府はある。しかしその壁一枚で天気がまったく違う場合もあるわけだ。今回の登山はそのことがよく分かった。

kimg05142kimg05191kimg05251西峰からは塚原高原が一望!こんなに全体がすっぽり眺められるところはない。そんなにハードではなく、登り1時間半、帰り1時間程度。身近に素敵な山があるんだなあ。井の中の河津でした。

 

ソノダしあわせ農園作業記録 施肥(せひ)・畦立て(あぜたて)作業 11月1日

kimg03101 kimg03131興味・関心のない人には、この作業記録は退屈かもしれませんね。大分県農林水産研究センターの研究員さんから、しっかり記録を取ってくださいとのご指導もあり、合わせて昨年の挫折から、心機一転・捲土重来の気持ちを込めて、書かせていただきます。

11月1日(火)

前回の折々帳での堆肥まきの大変さに加えて、今回は畦立ての大変さを味わいました。上の写真は、肥料(PKセーブ422)を10アールの面積に35㎏撒き、トラクターで耕しているところです。トラクターの運転は、かなり上達してきました。

私と安川夫人は、耕うんと畦立ての仕事、大森さんとママは頻繁に侵入してくるアナグマ・イタチ対策に取り組みました。鹿・イノシシは、たぶん2メートルの鉄柵で大丈夫でしょう。しかし、鉄柵の下を掘ってもぐりこんでくるアナグマやイタチとのこの間の戦いで色々と研究を重ね考え出したオリジナル防御法がこれです。

kimg03171畦ナミという短い波板を鉄柵の周りに敷いていきます。端は鉄柵に針金で固定します。たぶんアナグマたちは鉄柵の下を掘って中へ入ろうとするでしょう。しかし、波板があって掘れません。手前から掘って、鉄柵の下をくぐれば入れますが、それはモグラでないので、そこまでしないのではと思います。そしてこの上に、ネットも敷きました。掘るのに、足に絡んで嫌がると思います。kimg03151

 

 

 

 

 

 

畦立ては、安川さんの(安川さんは、オニパンの入り口のところで無農薬100円野菜を販売している方。これが今大好評なのです。)管理機で行いました。それが、とても力がいって・・・・。安川さんが半分以上一人でやっていて、私が変わってやってみて・・・それがもう大変でした。安川さんは力持ちなのでした。ちなみに、ママにも少しやってもらいました。

kimg03251kimg03181こうして畦立てが終了。

今日も大変な一日となりました。みんなで休憩。これがたまらない。

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ソノダしあわせ農園作業記録 堆肥まき 10月18日 №170

kimg0266-%e3%82%b3%e3%83%94%e3%83%bc鉄柵張りの次は、畑の準備。今回は、若者はいず、高齢者ばかり4人で。2トントラック2杯の牛糞を約2反の畑にまきました。1反は300坪約1000㎡。これはつらい。軽トラにスコップで牛糞を積む——この作業が・・・腰にくる~。これは若くないとできない作業だと認識。小さなパワーショベルみたいな重機がほし~い!4人がへとへとに。

kimg0265-%e3%82%b3%e3%83%94%e3%83%bckimg0268-%e3%82%b3%e3%83%94%e3%83%bckimg0270-%e3%82%b3%e3%83%94%e3%83%bcこんな感じでもくもくと。2000平方メートルは広いね~!!😭

kimg0271休憩のお菓子がおいしく感じましたねえ。kimg0274-%e3%82%b3%e3%83%94%e3%83%bc

 

kimg0277牛糞をまき終え、次に石灰をまきました。そして最後に化学肥料もまきました。とりあえず今日はここまで。やく4時間の作業。腰は大丈夫かな。

SONODA HAPPY FARM(ソノダしあわせ農園)作業記録 鉄柵づくり 9/21 №169

kimg01331ソノダハッピーファームの作業記録を今後ここに記していこうと思います。昨年よりスタートしたしあわせ農園ですが、結果として不幸せな結果におちいりました。農作物がほぼ全滅。かろうじて収穫できたのは、ママが植えていたジャガイモと玉ねぎだけ。それも小ぶりではありますが。なぜそううなったのか、一番の原因はシカ。小ぶりなのは、土ができていないことも。その他マルチが塚原高原の強風に飛ばされた等々。それで、今年は、畑全体を高さ2メートルの鉄柵で囲うことにしました。畑を囲うとなれば全部で300メートル、鉄柵の数は150枚になります。それと支える支柱の鉄筋も。農業認定者になっている私なので、市からの補助が三分の二いただけることになり、助かりました。

しかし、大量の鉄柵は購入したものの、問題はそれを設置する作業。しあわせ農園の中心メンバーは、すべて高齢者。私が一番若く62歳。ママも年上(というと怒るが、「学年は同じ」)。そこで助けを求めたのが、昨年もたびたびお世話になった湯布院の原っぱカフェさん。ウーハーという研修生がいらして、その人たちの農業体験という名目でお手伝いをお願いしました。女子大生5名がお手伝いに。男手は、原っぱの浦田リュウちゃん、そしてAPUのアスキュー教授。浦田さんは、原っぱのオーナーで、心優しき方。アスキュー先生は塚原高原在住のベジタリアン。自分で広大な畑を耕作していて、大学の法学や哲学の専門家だけではなく、農業についても専門家なのです。今回はアスキュー先生に大変お世話になりました。

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女子大生は、畑に入るのは初めての人ばかり。テキパキと作業してくれました。軽トラで畑を横切り、鉄柵を積みに行くときには、大はしゃぎ。畑の畝で軽トラが大きく揺れ、まるで遊園地のスリルある乗り物状態に。キャ~とか言って、楽しそうでした。kimg01251

大活躍してくれたアスキュー先生。鉄柵の支柱は2メートル30センチあります。それを打ち込むわけですが、一回一回脚立に乗って、上からハンマーで打ち込むなんて、大変な時間と労力がかかるわけで。私もそれが一番大変だと思っていました。しかし、それを解決する凄い道具をもってアスキュー先生が登場。知り合いの農家の方が自作で作った「支柱打ち込みハンドル」(私が勝手に作った呼び名)を使い、数秒で支柱を打ち込んでいきます。

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凄いの一言。

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二日はかかるだろうと思っていた鉄柵張りは、半日で終了。

kimg02761kimg0148  今年こそは、小麦をはじめ豊かな実りになることを願っています。皆さんありがとうございました。

看板猫リー №168 その二

img_0306リーは僅か3年足らずの生涯を、本当に楽しく色濃く意味あるものとして生き抜きました。狩りをし、人間と楽しく交流し、恋をし、存在を認められ、充実という言葉がぴったりの人生を歩みました。リーがいなくなって、写真を観たり、その行動を振り返るとき、ますますその思いが強まってきます。

リーは「看板猫」となりました。ネズミ捕りの仕事を依頼されてオニパンにやって来たのに、生来の「人好き」「フレンドリー」な性格が、リーを自然とお店の玄関先に向かわせました。来られるお客様への接待に、お客様は癒されます。「リーちゃんかわいい!」「リーちゃんまたね!」そして次回は、「リーちゃんいる」とお客様。「招き猫」そのものです。リー自身もそれがうれしくて、ママの「リー、おいで~」の呼び声に、どこからともなく駆け寄ってくるのです。「すごい!!」とお客様。

リーは、親ばかではないですが、とてもきれいな猫でした。毛が柔らかくきれいで、触ると気持ち良い長毛。しっぽが見事で、小顔。スタイルが良い猫でした。それが、看板猫としても、映える原因でした。親ばかではないですが、リーが何気なくたたずむ姿を見て、つい写真を撮りたくなるのです。猫を飼ってる人は、たぶんみんな同じ気持ちなんでしょうが。猫を飼いだして、猫を飼っている人の親ばかな気持ちがわかってきました。それでも、リーは、特にきれいだと思っています。

dscn3094dscn4068どうですか、見事でしょう。写真が訴えてきますよね。そのリーの美しさが証明される出来事があったのです。リーが一歳から二歳にかけて、二度も写真家が撮影に訪れたのです。その写真家は、リーをどうしても撮りたい、展覧会に出したい、と頭を下げるのです。私たち親としては、リーの美しさをプロが認めたのだと、有頂天に。リーの短い生涯で、最も輝いていたころのワンショットをお見せします。(写真家からいただいた作品)

img019img018どうですか、野良出身に見えない、美しさでしょう。

リーの調子が急変するのは、9月8日(木)です。食べられず、ぐったりと一日中寝たきりのような状態で過ごします。大変だと動物病院へ行き、注射を3本し、様子を見ました。さらに翌日注射を3本。状況は改善されず、このままでは2~3日の命だと判断。私たちも、覚悟を決めるしかないと、決意します。最後にリーの生涯について、触れておかなければならない二つのことを記します。

サリー姉ちゃんのこと

リーは、人好きな猫でした。しかし交流は人だけではありませんでした。リーは一年位前より、近所の(といっても、森を越えた向こう側のお家の)生山さんとこのサリーというお姉さん猫が大好きになったようです。サリーはおとなしい猫であり、リーもまた穏やかな猫でした。毎日のように、サリーのお家へ行っているようでした。リーは去勢していて、サリーのもとへ行っても、ただ一緒に座っているだけの関係。しかしリーにとっては一番幸せなひと時だったと思います。そう思ったのは、最近になって(リーが亡くなってから特に)生山さんが送っていただいた写真などから、確信を深めました。

o0675090013514102683 o0800060013302448792 o0800060013629650706生山さんは、サリーとリーの楽しそうなふれあいの一コマをカメラに収めてくれてました。リーがいなくなって初めて見るリーの姿に、瞼が熱くなります。黙っていても、リーの声が聞こえてきそうです。生山さんは、リーが亡くなって、わざわざリーのためにブログを書いてくれました。その中に出てくるサリーとリーの写真がこれです。

%e4%ba%8c%e4%ba%ba%ef%bc%92 %e4%ba%8c%e4%ba%ba%ef%bc%93 %e4%ba%8c%e4%ba%ba%ef%bc%94こんな風に一定の距離を取っていつも二人は座っていたのでしょう。でもそれだけでもリーにとっては満足のひと時だったでしょう。

こんなに大好きな、サリー姉ちゃんに、リーは2か月ほど会いに行きませんでした。生山さんがパンを買いに来るたびに報告してくれるのです。「ず~とリーちゃん来てないですよ。」それには理由がありました。サリーとお付き合いしたい猫が他にも現れたからです。クロという猫です。クロはとてもタフで強い(体はりーより小さいのですが)猫です。我が家にもたびたび現れ、リーとけんかもしました。リーはクロにかなわず、クロを怖がるようになりました。クロはオニパンの敷地もテリトリーに加え、リーはオニパンの敷地内でもひっそりと行動するようになりました。以前のような、我が物顔のリーの姿(自分が大将みたいな)がまったく見られません。状況が急変する9月8日の一月以上前より、なんとなく元気がない様子でしたが、それが病気だったのか、サリーと会えなくなったからかははっきりしませんが。

症状が急変する9月8日。その前日のことです。目の覚めるようなリーの変化が。それは、オニパンの休みの日、水曜日。9時ごろ、ママがコーちゃんを連れて散歩に行き、お店の前を通って帰って来た時の事です。朝から、リーが見当たりません。ここのところ元気なく一日中、家で寝ていたのに。どうしたのかなあと思いながら、お店の中で仕事をしていると、お店の玄関の網戸越しにママとコーちゃんの姿。私がお店の網戸を開けると同時に、コーちゃんの後をリーが追いかけてきました。それも、何と元気のよい足取り!お~、元気な足取りだあ!!弾んでいるような姿!!ちょっと信じられない光景でした。リーは元気を取り戻したなあ。とてもうれしく思った朝でした。

その不思議な光景の謎は、後になって解かれていきます。生山さんがリーの訃報を知ってお店にやって来たとき、こんなことを仰いました。「リー君、最近珍しく我が家にやって来たよ。2か月ぶりに。」そして、サリーと車の上に乗って、一緒に座っていたよ、と・・・・・。それも、なんと、その時のシーンをカメラに収めていた・・・・・。

%e3%82%8a%e3%83%bc%e3%81%a8%e3%82%b5%e3%83%aa%e3%83%bc %e3%83%aa%e3%83%bc%e3%81%a8%e3%82%b5%e3%83%aa%e3%83%bc%e2%91%a1私は、この写真を涙なしでは見られませんでした。2枚目のように、リーはここのところ、いつもしんどそうに眼をつぶっている。しかし、サリーを見つめるリーの目、ちょっと力はないですが、しっかりしています。クロの恐怖を乗り越えて、しんどい中でサリーを一目見たかったのでしょう。

看板猫としての生きがい

dscn4315(この写真は、9月11日(日)まだ少しは声が出せる頃のものです。)

リーは2度ほど病院へ行きましたが、症状が改善されず、私たちもどうしたものかと迷っていました。娘の勧めもあり、病院を変えて、入院させることにしました。一日入院して、丁寧に対応していただいたものの、状況は改善されず、病院の方もこれ以上の入院を勧めませんでした。私たちは、お家で対応しようと9月15日(木)の夜遅くリーを病院から引き取りました。

退院した翌日、リーの最後が近いと感じ、本人も家の外へ出たいようなので、好きだったマキ小屋の棚などに寝かせました。ほとんど寝たきりで動けないようなのに、気が付くと違う場所へ移動しています。kimg00681kimg00711

そこは、リーが今までお気に入りの場所だったところでした。猫は死ぬとき、人の前から姿を消すといわれています。それは、人に死に目を見せたくないということではなく、きっと飼い主も知らなかったその猫の好きな場所へ行こうとする行動からではないかと思います。リーを見ていて、それがはっきりしてきました。オニパンの前の資材置き場の薪の上だったり、我が家の車の下だったり。リーが好んで居た場所に移動しようとします。そして、驚いたことに10時前、オニパン開店の前にリーは、お店の方へやってくるではありませんか。

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ちょっと歩いては、へたーと寝たような状況で進んできます。そして、お店の前までやってきました。リーは、その場所から大好きなバモス(商売用の車)の間を移動し、そしてまたお店の前に戻り、午後2時ごろ息を引き取ります。ママはたびたびリーの様子を見ていましたが、すぐに異変に気付きました。kimg00851

リーが死に場所に選んだのは、お店の前でした。リーは、自分をかわいがってくれたお客様のことや人との触れ合いが楽しくて仕方がなかったのでしょう。リーが亡くなったすぐ後、涙ぐみながらママがこう言いました。「リーは生涯現役だった。」

看板猫としてリーは幸せな生涯を過ごせた。リー君は私たちに多くのものを残して逝ってくれました。ありがとうリー。

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