厨房工事 №122

特定秘密にしているわけではないので、オニパンカフェの新たな展開をここで公開することにしましょう。しばらく書いてない折々帳ではありますが、書くことはたくさんあるのです。さあて何から書こうかな。オニパンカフェにとって、一番のビッグニュース、それは来年一月、私の誕生日に合わせて別府店をオープンすることです。
場所は別府駅にあるヤマダ電機駐車場に続く、北高架商店街のなかの一角。
ちょっと風変わりな、別の表現をするとアーティスチックな個性的なお店がある商店街。
オニパンもちょっと変わっているから、ちょうどいいのかもしれない。
冬の塚原は商売ができない。別府にお店があればいいなあと以前より考えていた。
村谷青果店での毎週一度の出張販売を半年続ける中、それなりの手ごたえを感じ、「よっしゃ、いっちゃえ~」てなことになったわけです。
そのためには、生産量を増やす必要があり、あらたにオーブンなどを購入ということに。
なるほど、これが巷で言う「設備投資」ってやつか。こういうことって、自分で経験して初めて、言葉が実感となるのですね。

以下厨房工事の様子をアップしましょう。
工事をお願いしたのは、蓑原工務店さん。この方は、オニパンのお客さまでもあります。
若くて、賢くて、明るくてと3拍子揃った方。その誠実な仕事ぶりや技術をまじかで見ながら、
同じ職人として学ぶことも多々。


厨房がかなり広くなります。屋根の上に乗っているのは、板金屋さん。とても楽しい人で、
話をしていると、家が別府の朝見だとか。私の実家のすぐ近く。趣味もバイクや釣りとかで、話が合いました。下の写真は、今話題の「ロケットストーブ」。実物を見たのは初めてで、私が「すご~い!ロケットストーブや!!」と感動していたら、あっさり「それあげますよ。」ってくれちゃいました。さすが板金屋さん。簡単に作ってしまうそうです。

ママは花好き №121

メガソーラーの話題が続いた折々帳。ちょっと緊張感・緊迫感がただよったブログに、読者のみな様もお疲れのことかと。私もこの間かなり疲弊してしまった。
「塚原高原にメガソーラーは似合わない!」ということで反対運動を繰り広げてきたわけだけれど、「じゃあ、何が似合うの?いったいどうするっていうの?」と尋ねられると・・・。
どっこい、そこのところも、同時に考えてきた私たち。うまくいけば、近々、その後の進展を報告することができるかもしれない。この問題を通じて親しくなった、新聞記者さんにお願いして、マスコミ発表も・・・あるかも。うまくいくことを祈っている。

今回は、久しぶりにお店のお話です。
オニパンカフェが力を入れているのは・・・パンづくり。それは当然なのですが、実は、パン作り以上に、力を入れていることがあるのです。
ただしこれは私のことではなく、ママのお話。
ママは以前はアンパンやカレーパンなど詰め物の小物パンを成形していました。
ヒロチャン(従業員さん)がスタッフに加わって、あんこ詰から解放されたママ。
今、力を入れているのが活け花です。
ママは若いころ職場の活け花サークルに入っていました。
大阪で暮らしているころより、家には、いつもきれいな花が彩りを添えていました。(部屋は散らかっているのですが)
塚原のお店を開店してから5年半。ママはいつも(毎週)お花を飾り続けています。
近頃は、その熱もさらに高まり、美的感覚に乏しい私でさえ、「おっ、きれいだな。」と思えるほどの力の入れようです。


毎週木曜日、湯布院の知人からお花をいただいたり、近くの草原から野草を採ってきたりして素材を収集しています。

これがメインの花です。いつも立派な花が飾られています。
花ごころのあるお客様が来られた場合、この花のことでいつも話題が盛り上がります。


各テーブルには、一輪挿しの花瓶に
かわいい野草が飾られます。
ネジバナ、ヨメナは近所で採ったもの。
手前のヒメリンゴは塚原の花好きのお客様からいただいたものです。

ハナニラは、湯布院の友人からいただいたものです。花瓶は塚原の「木屋かみの」さんの作品です。


トイレにも可愛い花がお待ちしております。

ぜひおトイレにも立ち寄って下さい。

晴れのち嵐か №120

塚原黒笠木地域のメガソーラー建設は、会社側が断念!
3新聞社(朝日、大分合同、西日本)が取り上げて報道してくれました。
この反対運動にご支援・ご協力・ご理解してくださった多くの方々にお礼を申し上げます。
署名もわずか一か月余で、2000筆近く集まりました。塚原を愛する多くの人たちの励ましに
私たちは勇気奮い起こされました。ありがとうございます。
現在市長選挙、市議会議員選挙が行われています。この選挙の争点の一つとして、湯布院など観光地の景観や自然をどう保護するのかという問題も浮上しています。
新しい市政の方向性として、景観条例などが新設されること願ってやみません。

オニパン横メガソーラー問題が解決したのは10月16日。
この日は「天にも昇る」といった形容詞がぴったりの、ふわふわとしたおだやかな空気に包まれた幸せな一日だった。
ともに運動した「同志」の皆さんに連絡するたびに喜びも「倍返し」みたいな状況であり、お世話になったかたがたへのお礼も苦にならなかった。

人間って「気持ち次第」なんだと思う。16日から約1週間、ほっとして安堵して、幸せな日々を過ごした。
それが昨日、状況が一変。
仲介をしていた(ブローカー)人物が、建設予定地を徘徊しているのを偶然目撃した。
そして、何をしているのかと問いただすと・・・・。

不測な事態ゆえに、勝手に幸せになれていた自分。
だから考えようによっては、最悪な状態でも、気持ちを明るく持って、問題に対処することもできるはず。
落ち込まないようにしようぜ。

オニパン横のメガソーラー問題は、どうなっていくのか。ここで詳しくは書けないけれど、引き続き対応が迫られている。

自分が試されるとき№119

人生には何度か転機が訪れる。もしかすると、今がその転機かもしれない。
振り返れば、今までも何度かそれは訪れた。
思うに一度目は学生時代。このままでの自分では生きていけない。コンプレックスからの解放。自己変革。
そして、多分二つ目は、・・・・・。
そして三つ目は、大阪時代の経験から、今後の生活は塚原でパン屋としてやっていく。
これで終わると思っていた。
人生は自分の力で自分のために切り拓いていく、そんな考え方が中心になっていた…様な気がする。
どうせ生きるのなら、言い換えればどうせいつか死ぬのなら、こうやって生きていきたい!みたいな感覚で、しかし他人のことも考えながらみたいなことも付加して。
ママは還暦になった。恐ろしことだ。それは、順番としては、自分も4か月後に還暦となるということだ。
早いよね、人生は。きっと10年って今までより早くやってくるに違いない。すると70か。
若くしなやかな体だった俺は、今、体が硬くなり、歯も傷んできている。
パン屋の12~3時間労働は、確実に俺の体を蝕んできている。
このままでは、あと十年はもつはずもない。

こんな時に、メガソーラー問題が持ち上がった。
8月の終わりから、休みのときは、文書をつくったり、交渉したり、雑務に追われまくり状態が続いている。普段使ってなかった頭脳の回路が、恐ろしい速さで動くもんだからパニクルことしかり。寝ているときも自然と考えるから、夢にまで作戦会議が。おかげで、睡眠パニック。
お薬の力で、今は寝ている。

塚原は人が少なく、シカやイノシシなど自然の生き物が多い。お隣と言えば、大体2キロ先くらいまで、そんな土地柄。
しかし、メガソーラーが持ち上がった時、翌日30名もの人がオニパンに集まった。それから、頻繁に人との交流が始まった。それは濃密な!
大阪という大都会でも、今ほど強烈な近所づきあいをしたことがない。
成り行きで反対する会の代表になってしまったことから、マスコミとの対応や事務局の仕事、その他、他地域での困った方への援助の活動など、たくさんのお仕事が噴出している。
大変だが、濃い、濃い人間関係。
他人のために動かざるを得ないポスト。これって、ここまでやらなくてはならない状況になったことがあったのか。多少は、あった。でも今ほど、自分が試されているときはなかった。
自分が転べば、みんな転ぶ。やばい状況だ。

お店の方もしかり。今のままでは、オニパンを継続することはできない。自分が転べば、翌日から、お店はストップする。もちろんママが転んでも一緒だが。
これも、時間の猶予はない。

転ばないようにするために、転機が訪れるのか。
多少の転びは、人生にとって大切なこと。
しかし、立ち上がれないような転び方(倒れ方)は、まずい。
生きていくために、今の自分では生きていられない状況が訪れる時、転機に出会うのか。
転機とは、自分を新しい自分に変えていく時のこと。
新しい段階に入ったという事か。人生のらせん階段。

塚原高原にメガソーラーは似合いません!

塚原高原に恋をして早20年が過ぎようとしている。
そして、実際に暮らし始めて6年近く。塚原への思いは相変わらずで、お墓の場所まで考えている始末。
塚原の美しさは、本来の持つ自然の景観とそこに住む人々が絶えず守り営んできた農業や牧畜による里山的美しさが絡み合い一体となったものだろう。
「日本で最も美しい村」に全国49番目に認定。大分県では唯一の地域。

別府や安心院方面の500号線(アフリカンサファリの前の道路)から616号線に入り、なだらかな丘陵の一本道は塚原高原への正面玄関へと続く。炭熊、リック乗馬クラブ前にたどり着くとき、視界が、突如オペラ劇場の広く大きな緞帳をサーッと開くときのように、広がっていく。
私は、初めて塚原に訪れたとき、その圧倒的な景観に胸がキューンと絞られ、背筋にビリッと電気が走った。

きれいだなあ!
何度も自分につぶやいた。

それから、毎年塚原にやってきた。
やってくるだけでは飽き足らず、土地を買い、そこでキャンプをした。
キャンプでは飽き足らず、小さなログハウスを建てた。

そして、終の住家を建てた。

本来動物である人間は、自然の中で生き生きとする。自然が持つ力は、人を人間らしくすると思う。理屈ではなく、私の体験としてそう思う。


この道はオニパンカフェの前の道だ。私のお店の前だけ畑になっているが、それ以外は両側にこんもりヒノキやクヌギなどの並木道となっている。
この並木道は「緑のトンネル」といわれるぐらい、夏には木陰をつくり、歩くとひんやりとした風が流れている。約500メートルも続くすてきな道だ。


上の写真右側に、わずかに見える民家が下の写真にある民家だ。この民家の周りにも豊かな木々が取り囲んでいる。この写真は、オニパンカフェの前にある畑の向かい側から撮った写真だ。

これら緑の木々を切り倒し、民家部分だけを残して、メガソーラーを建設すると2週間前突然会社の方がオニパンに告げに来た。
規模は2万平方メートル、1,5メガ。
民家は借家として4月より震災で避難されてきた方が住んでいる。住めないほどの古屋だったので、大金をつぎ込んでリフォームした。家を借りるとき、地主さんは「裏にソーラーができる」とは告げていたとか。しかし、そんな巨大なものができるとは知らなかったので、リフォームして暮らすことにしたそうだ。

近くの方々に知らせると、その翌日に30人ほどがオニパンに集まった。
そして、市長さんとデンケンという会社に話に行くことになった。

そんな行動を通じて、さまざまなことがわかってきた。今全国でメガソーラーの建設が進んでいる。国の電力固定買取制度が追い風となり、安定した収益が保障されるという。
塚原には九電の高圧送電線が通り、しかも広くて安い土地(遊休地)がたくさんある。ネットで「どなたかこの土地をメガソーラーに使いませんか」などと募集するほど。
市の幹部に尋ねると「4月より毎日1件は、メガソーラーの問い合わせが来ている」とのこと。
メガソーラー参入業者にとっては、塚原高原はとってもおいしい場所なのだ。

メガソーラー建設に関わって、さまざまな害悪がネット上では取りざたされている。
パネルの持つ毒性、光の害、電磁波の害等々。
黒い巨大なパネルが広がることでその熱によって、近隣で2度ほど気温が上がるとか。

この場所は動物たちにとっても、貴重な生活場だ。
一週間前も、ウズラの子ども3羽が溝から出られなくて、困っていた。近くでは、親が2羽心配して鳴いている。私が子どもに近づくと、親は自分の危険も忘れて、ピーピーと私に向かって鳴く。私は感動した。子どもを帽子ですくいあげ、親の方へ逃がしてあげた。

個人のエゴかもしれないが、私は緑のトンネルがなくなることを思うとつらい。
こんな居住地の隣に建てなくてもよいと思う。私のお店のある分譲地のオーナーにとっても
迷惑な話だ。分譲地の値打ちが半減すると思う(建設地は道を隔てて5メートル)。ちなみに私のお店から建設地まで25メートルくらい。

塚原では、すでにリックスプリングバレーの乗馬クラブ前の広大な斜面にメガソーラーの建設が予定されている。これにも大きな反対の運動が起きている。塚原高原の正面玄関の最も美しい場所に。

塚原高原は、塚原に住む人だけのものではないと思う。お店に来られるお客様は、口々に塚原の美しさや自然の豊かさを言う。きっと私と同じ思いで塚原に来られるのだと思う。

もし塚原に来られたら、改めて塚原の自然、景観を見つめなおしてください。
そしてできれば、「塚原高原にメガソーラーは似合わない!」の署名にご協力をお願いします。
そしてこのことを、知り合いにも知らせてください。