ドーコンと共に 苦労の4年間 №100

今日6月28日は、開店4周年記念日。いやあー、もう4年目なのですね。「石の上にも3年」と題したこのブログの文章を書いて、早一年が過ぎた。うまいことにブログ100号が4周年と合致!
さて、記念すべき100号の「折々帳」に何を書こうか~。
ここは、少し真面目にパン屋の苦労話を記すことに。

パンは発酵食品だ。発酵との関わりでパン屋にとってなくてはならない設備として、ホイロと言う機械がある。1次発酵や2次発酵の際に温度と湿度を管理する機械だ。
発酵の主役=酵母にとって、最も活動が活発になる温度帯は30度後半から40度。
夏場は好いとしても、冬場にホイロがなければ、パン作りは困難になって来る。

発酵力がイーストほど強くない天然酵母の発酵は、イーストの数倍の時間がかかる。
イーストの場合生地のミキシングを始めて製品ができるまでの時間は2時間~3時間ほど。
パン教室も3時間あれば、何とか試食までこぎつけることができる。
天然酵母パンのパン教室がやりづらい理由もそのあたりから来るわけだ。

天然酵母のパン屋は、この発酵力の弱い酵母を使ってパンをつくるわけで、朝10時にお店をオープンしようとすれば、深夜よりパン作りをスタートせねばならなくなる。正確に逆算すると、まあ、大体夜の10時くらいには、生地づくりをスタートせねばだめだろうか。
これは無理なお話なわけで、そうなると、前日の夕方くらいに生地の仕込みを始めて、早朝に1次発酵を終了するように時間設定を行うことが、10時開店には合理的な流れとなる。
だとすれば、暑い夏場には、生地の発酵を抑えるために20度前後の温度管理が必要となって来る。仮に30度だと6~7時間で1次発酵が終了するわけで、その場合夜の10時ごろよりパン作りをスタートさせなければならない。

私の修行先「あこ庵」で、「ドーコン」という機械を知った。ドーコンは、とても優れ物の機械で生地の発酵のための「温め」機能だけではなく、生地の発酵を抑える「冷蔵」機能、そして「冷凍」機能まで併せ持つすごい代物だ。
「ドーコン」という言葉の響き。何かドラゴンみたいな感じで、これはちょっと近寄りがたいなあという印象を持った。操作の仕方も難しそう。パン職人を目指すさえない中高年の私から見て、先輩諸氏がドーコンをいとも簡単に使いこなす姿は憧れにも似た感情を芽生えさせた。
仕事終了後の打ち合わせでは10名ほどの職員さんが、朝の4時から仕事をスタートさせるためのドーコンの温度設定を検討するのが日課となっていた。
生地によって、発酵の早い遅いがあるわけで、バターや卵の多く入ったリッチな生地やり―ンな生地では同じ温度でも1~2時間の差が出てくる。窯入れの順番もあるわけで(どの商品から焼いて行くか)、60種類以上の商品を効率良く製造するために、どの生地を何度に設定するのかを話し合うわけだ。

「う~、ムズイ!」私は、全く理解できないまま、7カ月の修行を終えた。難しすぎて、端から相手にしなかった。もっと簡単なことも、できないわからない状況だったから。

そうして、めでたく、オニパンカフェがスタートした。
54歳の再出発!
多分一つ一つのパンだけだったら、まあまあうまく作ることはできただろう。しっかり、様子を見て、窯入れして、美味しく作ることが。
しかしパン屋のカウンターには、たくさんのパンを並べなければならないのだ。
友人や職場の同僚の「えっパン屋?」みたいな視線を、背中に感じながら過ごしてきたこの10年以上の歳月。ここで「やっぱりな」みたいに終わらせるわけにはいかない。
この「ドーコン」を何とかしなくては!パン屋は始まらないのだ。
一体いつパンの発酵が終わるのか?
わかんねえ!
それで決めた。1か月は眠らない。
人間一カ月眠らなくても死なないとどこかの本に書いてあった。だとすれば、この一カ月で何とかドーコンを支配できるだろうと。

そうこうして、パン屋の店先にパンが並んだ。
パンをつくるのがあまりにも遅く(それでも開業から5カ月は朝2時より作業をスタート)、全種類を出せないので、「欧州パンの日」と「和風パンの日」に分けて、何とかしのいだ。

ママと私の間にある機械がドーコン。ペタペタはってあるタ
イマーは、中の生地を取りだす時間設定をするためだ。この
ドーコンと4年間付き合った。

それぞれの生地の発酵時間を把握するために何カ月もかかった。特に弱っちいフランスパンの生地は、油断をするとドロドロの過発酵になる。するとお店には出せなくなるわけで、今であれば、「これはだめだな」と判断できるわけだが、初めの頃は、良くわからないものだから、焦りまくりで、ママを夜中に起こしたりした。
「あかん、フランスパンの生地が~!!??」
血気盛んなママは、「よしゃ、手伝ったる。何すればいい?」
何をして良いかわからない私は、「う~ん」とうなるばかり。

一応あこ庵からの指導で、どの生地はどれくらいで発酵を完了するということを、教えてもらっていた。しかし、全くうまくいかない。日々記録を取って試行錯誤。
夏と冬で発酵時間が恐ろしく変わる。温度設定が夏冬で3~4度違ってくる。
おかしい!
ドーコンて温度や湿度の管理をする機械なわけで、夏や冬で庫内の温度がこんなに変わるものなのか。絶対おかしい!変!
このことに気付いたのは、2年くらい過ぎてから。
我がドーコンは、オニパンカフェに来る前にすでに10年近く使われていたものと思える立派な中古。
扉のゴム製のパッキンはベコベコで、庫内の温度や湿度を維持できるような状態ではない。
つまり隙間だらけなのだ。そうすると、機械は無理して、温度や湿度を維持しようと過剰に運転。
色々な故障も頻発する。いわば、満身創痍の歴戦の勇士。

3年目ごろより、このドーコン君とうまく付き合う方法を色々と考え始めた。湿度を維持する加湿機能が故障した時は、お湯を入れたバットをドーコン内に入れて生地を発酵させる。
あるいは、最近では、安くて小さな加湿器を買ってきて(3000円くらいのもの)ドーコン本体の加湿を送るパイプをその加湿器につないで、庫内のの湿度を保つとか。
庫内の温度も上と下では3~4度違っている!ことに気づく。
ドーコンの子内に設置されているファンが回っていないのだ。あるいは錆びて、勢いよく回らない。
それで、小さなミニ扇風機を庫内に入れて、風を起こしたりもした。

左はドーコンの側面壁を外した状態。ファンも錆びつき、名前を知らないが、銅のくねくねパイプの冷やす機能の部分は
緑色のさびでいっぱい。ファンが回らないので、銅のくねくね
部分の横にスペースを見つけたので、ミニ扇風機を配置した
わけだ。

 一番問題の扉の隙間。これは、マグネットの入っていたゴムの部分を全部はがした。ホームセンターで買ってきたゴムのマットを一面にはり隙間をできる限りなくした。 

夏場は気温上昇もあって、ドーコンの働きがさらに狂うので、天井に扇風機を取り付け、一日中回している。それでも調子は悪くなる。

2か月ほど前、突然、ブレーカーが落ちた。何度あげてもすぐ落ちる。
原因はドーコンからの漏電だった。修理したものの、いつまた漏電するかわからない。
いたるところが錆びついている。日々(今日はパンがつくれるかな)といった心境で、ドーコンを見守る。
ドーコンの正式名称は、ドォウコンディショナー。ドォウとは生地の意味。つまり生地の状態を管理する機械。しかし、もうそのような役割も果たせない状況になっている。

それで、ママと相談して、ついに新車に乗り換えることにした。まさに、新車と同等なお値段なんですから。

さようならドーコン君。4年間御苦労さま。

これが、オニパンにやってきた、新しいドーコン君。つくりも、能力も全く別物。庫内の温度と湿度は完ぺきに正確なのです。
この新しいドーコン君のお陰で、今までの苦労がウソのよう。
これまでは、仕込みも夕方にならないとできなかった。(庫内の温度が上がりすぎるため、早くから仕込むと真夜中に発酵が完了してしまうため)。しかし、現在は早く仕込むこともできる。
何の心配もなく、夜寝ることもできるのだ。

ふ~。有り難いことだ。
でも思うに、パン作りの苦労をしっかり味あわせてくれた古いドーコン君の存在は、私を成長させてくれた恩人とも言えるのではないか。
簡単にパン作りができていれば、こんなに考えなくても済んだ。パンにとって大事な要素をいやというほど思い知らせてくれた。

今日6月28日は、オニパンカフェ開店4周年記念日。
ちょっと、パン屋にこだわった折々帳になりすぎたかな。