志高湖はいい

あ~申し訳ありません。折々帳二週間ぶりですね。10月、11月と忙しくなっています。
特に先週など「ど~も」というテレビに出たこともあってか、忙しい忙しい。二日あるお休みも3日(水)の祝日営業したため、仕込みの都合上、お休みがとれませんでした。

塚原での生活を夢見て、10数年前、土地を購入しました。目標をつくるのが好きな私は塚原を探索した折に、「塚原からのレポート(今後の計画)」をまとめました。昨夜、それを久しぶりにひっぱり出してきて、ママに見せました。日付は、2003年8月8日。
ママは、「私に見せたのは覚えているけど、内容は、憶えていない。」と・・・。まあ、大体そんなものです。私は、7年前一人で、塚原高原へ来て、前回の折々帳にも登場したログキャビン・トミに寝泊まりして、塚原をリサーチしていました。レポートには「終の棲家」
として塚原高原でどんな暮らしをしていくのかをまとめました。
項目は「なぜ塚原」、「なぜ店を(目的)」「人間らしい生活と文化」「追求する課題」
「店のイメージ」「今後の計画」

忙しい生活に振り回され、私たちはなぜ塚原に来たのか、そんな原点を忘れてしまいそうになります。限られた時間、人生なのだから、どのように生きるかを決めるのは、自分。世知辛い世の中、思うように生きられない現実はわかっていても、その基本に少しでも近づけるようにやっていきたい。

さて、またタイトルとは違った方向へ進みそうになっていました。今回は「志高湖」なのです。別府生まれで、別府育ちの私なのに、別府のこともあまり知らずに、育ってきました。「志高ユートピア」って、子どもの頃は言っていました。私にとっては大切な場所。なぜって、母親が一時期ここで働いていました。大学生の頃です。一度だけ、志高湖に来たことがあります。ボートに乗ったこと、母親に「アイス」をただで食べさせてもらったことしか記憶にありません。一体どこにあるのか、どんな景観でたたずむのか・・・・。ママと一緒に行ってみました。

曇った日だったので、鮮やかさは今一つの写真です。実際はもっときれい。奥に見えるのは、左が由布岳、右が鶴見岳。頂上のロープウェーも見えます。真ん中の小さな山は多分くらかど岳。

ほとりに、ボートの停泊所が見えています。楽しいのは、その近くに、アヒルやハクチョウが遊んでいて、とても人慣れしているのです。思わず写真を撮りたくなります。

湖のほとりには、きれいな舗装路が一周します。
とても気持ちのよい道。黒松、赤松、楓などが気持ちをホッとさせてくれます。
私とママはこの道をジョギングしました。一周1.8キロ。3週すると汗もしっかり出てきます。
ほとんど二人がジョギングコースを独占状態。大阪ではありえない贅沢すぎる状況でした。

今は、レストハウス(宿泊所)もやっていないそうで、ちょっとさびれた感じです。
「志高ユートピア」は、昔の憧れで終わったしまったような。なせぬ初恋に似ています。