パン屋の夏休み~ 高知の旅でわかったこと

やって来ました、夏休み!私とママは、高知へ旅にでました。なにせ今をときめく竜馬の故郷、高知なのですから、いたるところに竜馬が立っていましたよ。
私を含め、観光客も多く、竜馬ゆかりの地は、人と車がいっぱいでした。
学生時代を高知で過ごし、いろんな思い出を残している地へドキドキしながら訪れました。いいですねえ、ただ観光するだけとは違って、青春時代の思い出がよみがえってくる
のは。

私たちの行った翌日より、よさこい祭りがスタートするとのこと。見たかったなあ。
通りは、日曜市でにぎわっていました。

竜馬の生まれた上町へ行ったのですが、駐車場が満杯で、あきらめ、懐かしの桂浜へ。
でも、ここも車が多くて、桂浜へも行けず・・・・。

そのまま、浦戸大橋を越えて、竜馬像のあったお店へ。なんでこんなところに来てるのと矛盾を感じながら、サンゴを見学。

市内の路面電車は、昔同様、健在。やなせたかしさんの故郷というだけあって、アンパンマンの電車も走っていました。ただ昔と違って、この路面電車、高知駅の中まで入っていけるようになっていました。その高知駅も一新。モダンな駅舎に変貌していましたよ。

 高知は以前、木材の生産が盛んだったそうです。ただ今はふるっていず、会社も縮小、倒産が増えているとのこと。この駅舎の屋根は、高知杉材を使い、つくっているそうです。

さて、続いて、四万十川に向かい、上流の高岡郡四万十町の宿へ。
前日は学生時代の友人たちと酒を酌み交わし、熱く語っていました。その話の中で、仁淀川のことを聞きました。仁淀川を守る取り組みが今進んでいるとのこと。仁淀川は四万十川に決して負けない清流をたたえている。その川を守り維持していくために、山の間伐が大切だそうです。しっかりと木を育て、森の中に光を注ぎ込み、様々な植物が育ち、虫や生き物が暮らし、土も豊かになるとのこと。有機質を含んだ栄養豊かな水が川をつくることで、川も海も豊かになっていく。そんな話を聞いていたので、四万十川の眺め方もちょっと違っていました。

「九州の山の様子と四国の山の様子はちくとちがうぜよ。」私は、雄大で広がりのある、九州の高原の景色に心を奪われてきました。それにくらべ、四国の山は山ばっかりで、広々とした草原らしきものも少なく、空も狭い感じがする。山が深いというのか。

宿のおかみさんが言っていました。「この川でこの前釣りをしました。餌は、パンをつぶして針先に。釣れましたよ。」
そうなんです、この川って、魚がたくさん泳いでいます。ちょっとした、
水たまりのような所にもぴちぴちって、小魚が泳いでいます。
どうして?それは、当然、食べ物がたくさんあるからなのです。
山の栄養が、たくさんあって、それが川に流れだしているのですね。
豊かな四万十川は、山々によってつくり出されていたわけです。
深い山のもたらす恵みを、まじかに見ることができました。

宿の名は「かまや」。偶然、ネットで探し出すことができた、一軒の離れ宿の民宿です。
この宿で、楽しい思い出ができました。
経営するのは、79歳のおかみさんと私たちと同年代の若おかみさん。この親子がちょっと好対照な人物で。女将さんは、昔から、小さな部落(現在は80軒ほどか)で、百貨店(雑貨屋)を営み、商売一筋がんばってこられた方。そして、今でも現役で、民宿の料理や喫茶店、小さな雑貨屋を回しています。よく話し、てきぱきとよく動きます。
若女将は、芸術家です。写真が趣味。ピアノの先生ををしていて、高知市内に家があるのですが、金土日は、こちらに戻って、宿やコーラスの指導(部落の女性といっても、ほとんど70~80歳代)をしているとのことです。この方も母親に似てか、ぴしっとした話し方をします。自分のイメージと発想力で、宿のリフォームや商売について考えています。

この喫茶、昔は、お米の精米所だったそうです。中がとてもしっかりとしたつくりなので、つぶすにはもったいなくて、喫茶店にリフォームしたそうです。とてもシャレたスペースです。

 この喫茶店の奥は、立派なグランドピアノが置いてあるスタジオに続きます。門外漢でわからないのですが、このピアノはとてもとても高価なものだそうです。話を聞いていて、驚いたのは、一段高くなったステージのような所にピアノがありましたが、このステージは50年ほど前まで劇場のステージで、映画なども上映していたとのこと。
この小さな部落に、映画や演劇が鑑賞できる場が存在していたとは・・・。そして今も、この若女将が、コーラスなど文化芸術をこの部落に広げているのです。

私は、この若女将と話していて、とても重大なことに気付きました。以前より、高知県人の人間性に独特で異様なものを感じてはいました。それは、高知に初めて行ったころの体験から始まりました。私の住んでいた朝倉という所から、高知市内に自転車で行っていた時のこと。一人のおっちゃんが信号待ちしていた私に近付いてきて「兄ちゃん、市内までのっけてくれや。」それで、私は、30分ほど一生懸命ペダルをこぐ羽目に(本当の話ですよ)。別に変な人ではなかったのですが。高知の人は、異様に距離感が近い!電車に乗った時でも、知らん人がすぐに話しかけてきます。
なぜなの?高地に行って気づくこと。それは喫茶店の多さ。大分県では考えられない数。この80軒の部落でも喫茶店が3軒。そして、モーニング文化があります。朝から、たくさんの人が喫茶店でモーニングを食べている。
若女将は、「高知の人は、怠け者で、しゃべり好き」といっていました。
女性も集団で、朝ご飯をつくらず、モーニングにやって来ます。退職者の男連中も集団で、朝から・・・。ここの喫茶「かまや」も朝から、お年寄りたちが、やってきて、一人平均2時間ほどおられるそうです。
だからなのです!高知の喫茶店は、コーヒーの後お茶が出てくるのは。「かまや」でもお茶を2杯も3杯も出すそうです。
私とママも、そのお仲間に入り、朝ゆっくり、知らない人たちとああやこうやとお話ししました。
高知のこの風土は、きっと今に始まったのではなく、昔より続き、その人間性や集団の連帯力が、日本の歴史を変える人々を育てていったのでは。ちっと大げさかな。

高知の山の中で、色々と刺激を受けたパン屋の夏休みでした。